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隊長のDEEPな社会科見学

かつて風俗探検隊の隊長と言われた私が、東京在住時に探検した、赤線跡などのほか、戦争遺構、鉄道、現役の歓楽街などを紹介するとともに、現在住んでいる仙台のDEEPスポットも併せて紹介します。

山谷地区を少し北にむかうと、明治通りにぶつかります。西へ少し歩くと、泪橋という交差点です。
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泪橋は、かつて川があり、橋があったため、交差点の名前として残っているようですが、そのいわれは、江戸時代の罪人の処刑場が、この交差点の少し北の現在の常磐線の南千住駅手前の、
小塚原にあり、この泪橋で、最後の別れをした場所ということのようです。

小塚原処刑場のあとには、コツ通りに続く歩道橋を下りたところの、お寺の奥に、首斬り地蔵が祀られています。
この付近の鉄道工事の際に、人骨が多数出てきたらしいです。
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吉原大門のバス停のある土手通りをちょっと北へいくと、山谷のアーケード商店街の西の入口がありす。東側に歩いていくにつれ、ホームレスや酔っ払いが寝転がったり、異臭がしたり、普通の商店街ではなかったです。
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山谷という地名は、住居表示により消えていて、日本堤、清川という地名が、日本を代表するドヤ街、いわゆる「さんや」です。今も、1泊2000円以下の宿泊所が点在して、長期滞在の労務者がいるようです。
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山谷は、あしたのジョーの舞台になったところです。劇画にでてくる玉姫公園も実在していますが、ホームレスのブルーテントで一杯になっています。
訪問時、ちょうど支援団体がおにぎりなどの配給をしていて、すごい行列でした。
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吉原の昔の遊廓周辺のDEEPなスポットを訪ねてみました。まずは、吉原弁財天です。
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関東大震災の折、遊廓も大きな火災になり、着物に火が着いた多くの遊女が弁天池に飛び込んで亡くなったそうで、その霊を慰めるため、建立されたようです。仲の町通りの突き当たりに大きな病院があり、左に折れるとまもなくです。

また、遊廓では、若く病死する遊女も多く、引き取りのない遺体は、通称 投げ込み寺に葬られたそうです。
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日比谷線三ノ輪駅が最寄りです。



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