隊長のDEEPな社会科見学 -14ページ目

隊長のDEEPな社会科見学

かつて風俗探検隊の隊長と言われた私が、東京在住時に探検した、赤線跡などのほか、戦争遺構、鉄道、現役の歓楽街などを紹介するとともに、現在住んでいる仙台のDEEPスポットも併せて紹介します。

久しぶりの仙台散策。国際センターへの用事のついでに、道路向かえの、長沼方向へ。
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ちなみに、この脇にある、五色沼は、日本のフィギュアスケート発祥の地らしいです。

さて、この長沼あたりから、広瀬川の間には、かつて、終戦直後に、引き揚げ者や、戦災にあった人の仮設住宅が連なっていた、川内追廻住宅地域があります。
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ここは、市が公園整備を行うために、長年立ち退きを求めていた場所で、宮城野区新田に集団移転で話はまとまっているのだと思いますが、若干、まだ家が残っていました。

また、ここは、青葉城址の政宗像のあるところの真下に当たるのですが、大震災の爪跡がそのままで、崖が崩れたままでした。(24年4月)
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北千住から国道4号を北上し、荒川にかかる橋へ行くと、東側に不思議な形状の建物が見えてきます。有名な死刑囚も拘留されている、東京拘置所です。
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東部伊勢崎線の小菅駅横を通りすぎると、拘置所の周りは小さな堀に囲われていて、塀もめぐらされていますが、
下の写真は、直ぐとなりの公営住宅の敷地から撮影したものです。

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ここへ拘置所が移転する前は、現在の池袋のサンシャイン60の地にあったらしく、終戦直後には、当時、巣鴨監獄と言っていたこの場所で、A級戦犯の東条英機らの死刑執行が行われたそうです。華やかなサンシャイン付近も重たい歴史がありますね。近くの公園には、跡地の石碑があるらしいのですが、見つけられませんでした。



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北千住は、江戸時代の奥州街道の最初の宿場町。商店街にもその名が残り、古い建物も残っています。
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現在の国道4号の西側、千住柳町付近が遊廓があった場所で、昭和33年までは、赤線として続いていました。
現在は、商店街に大門通りの名が残り、付近に赤線建築が僅かに残るのみの、普通の住宅街です。
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現役の歓楽街は、北千住駅前の西口の南側一帯です。
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