ハラハラと 落つる雪は美しく 血に染まれどまた趣深し
花の命は短しと 急ぎ手折る漢(をとこ)の無常さを 夜風に吹かれ思ひ出す
「どうかした?」
寝床から抜け出した私に、眠い目を擦りながら漢はそう問う。
「何でもありません。お気になさらずお休みになって下さい。」
漢を一瞥もせず、声だけをかけた。
そのまま着崩れた浴衣の上に薄いはんてんを引っ掻け、縁側に腰を下ろす。
弥生の時分と言えど深夜はまだ肌寒い。
遠くに見える山の頂きは白いまま、決して深紅には染まらない。
「やっぱり変だよ、深紅(みく)。何を考えてる?」
漢がこちらへ向かってくる畳を刷る足音がする。
「凌(しのぐ)様、過ぎてしまった昔のことです。たわいもない、こと。―それよりもうお休みなさいませ、私もじきに参ります。朝、眠そうなお顔では、私が奥様に叱られてしまいますから…。」
年明けからお屋敷に出入りするようになって、アノ夢を見ることが増えた。
見れば、今はこの漢のものであるはずの私が、当てもなく、彷徨い始める。
「嫌だ、俺じゃない誰かを思っている深紅をおいて眠ってしまうのは。深紅は俺だけのものだよ。」
そう言って、漢は動こうとしない私の体をすっぽりと、そして力強く抱きしめた。
その最後の台詞だけが私の頭の中を駆け巡る。
『俺だけのもの』
昔、彼以外にそう言った漢がいた。
私を手込めにした漢。
15で一人きりになってしまった私に生きるすべを教えた…
漢の手が形だけの浴衣の帯に手を掛ける。
私を自分の物にするために。
あの日、花が散った日、雪の残る庭へ裸足で逃げ出した。
雪は深紅に、染まった。