工房長のぼやき

工房長のぼやき

チームスチームパンの工房長、安達俊信の日々是之。
思いついたことをカタカタ書いています。

いいのか悪いのか。


どちらか分かりませんが、

直せども、直せども

直すべきところが、自分で見つかるのは

良いことと思います。


しかしながら、


 そんなに何度もしなくてもいいんじゃないか?

 1回通ったら気づけよ


私そのように思います。


もう既に1番初めに作った頃の外観はなく、

工事による工事を重ねたことで、


 一体なんでこんな発想でできたんだろうか?


と思う箇所が増えてきました。


そして、頭をもたげてくるのは、


 これは何時間の芝居になるんだろうか?


そして、何より


 本当にこんなのできるの?


という疑問。


できるできないについては

唐さんによって鍛えられているので

何とかなるでしょうが

思いもしなかったものになる事は確かです。


なにげに、

見る人より自分の方がかなり楽しんでいる今回。


既に苦労する部分が多々ありますが、

どのようなものが出来上がるのか

ただただそれが楽しみです。

絶賛、台本修正中。


読み返すだけで、通っていないところが発見されて、

通るように工事したり、

気持ち悪い言い回しを直したり。


何度か繰り返していくと

通っていないところがなくなり、

スムーズに読めるようになります。



今年の作品は、「物語」を重視して書いております。



2024年の「桃太郎伝鉄」は

劇内容と舞台セット、仕掛けなどを融合し、

どこまで遊べるか、

視覚的に楽しんでもらう作品を作りました。


2025年の「マリオネットの二の足」は、

観念を立体化した作品で、

表面だけ観る人、

深読みする人

色々なアプローチができる作品となりました。


そして、今年は、物語、

別の言い方で「ドラマ」を描きます。



演劇作品は、

どのような作品でも受け付けられる柔軟性があります。


今回の自作は、

映画やドラマでやっているのと同じ

「ドラマ」、主人公の感情変化などを主体に考え

作っております。


演じる側は、やりやすく、

見る側は、見やすい。


ただ、面白いか面白くないか

はっきりした作品になる

と思っています。



毎年、色々なことに挑戦していますが、

毎公演、応援いただいている方々には

どう変化していっているかも楽しんでいただきたい。


はじめて見ていただける方々には、

作品自体を楽しんでいただきたい。



そんなことを考えながら、準備を進めております。


 よぉし、台本できた!


と言いたいですが、一通り書けただけ。


いつも以上に時間がかかってますが

書けたら書けたで


 あれ?


となるところもあり、

書いてる時は気づかなかったのに

せっせと修正中。


この部分はこっちにもってきて、

など、間取りを替えるような

大きな工事もしたりして。


個人的なこだわりとしては、

物語が流れるかどうか。


説明過多でも引っかかるし、

説明不足でも引っかかるし、

無駄な話をしても引っかかるし、

しゃべってばかりで動きがなければつまらないし。


流れると

長くても気にせずスラリと読めますが、

引っ掛かりが多いと

非常に難儀し、疲れます。


これから台本を何周もしながら

確認していきます。


人に渡して読んでもらおうと思えるまで

どれくらいかかるだろうか


芝居と寸劇


「二人芝居 ふたりよがり」

脚本 安達健太郎/えのもとぐりむ

演出 安達健太郎


を見に行き、

芝居と寸劇の違いについて

目の当たりにし、

考えさせられました。


寸劇は、

お笑いの世界ではコントと呼ばれ、


 状況

 ちょっとしたズレ


など、短い時間の中で伝えるものです。


一般的な芝居が


 感情の変化を見せるもの


とすると


寸劇は感情の変化ではなく

状況や

放り込まれるアイディア

を楽しむために

変化よりも


 キャラクターの面白さ


が欠かせません。





お笑い芸人の安達健太郎さん演出とのことで

若い俳優陣に

この辺はしっかり抑えられていたようです。



寸劇と芝居を意識して思い返すと、

脚本を書く際に

自分の持つアイディアを見てもらいたくて

寸劇で書こうとしている人が結構いて、

書いて破綻している人が何と多いことか。


自分が面白いと思う

アイディアや気づきを書き連ねても、

人に共感してもらうように描かなければ

ただの独りよがりで作品になりません。


共感してもらうのがどれほど難しいか、

自分の中でより明確になりました。


巧みなものであればあるほど、

難しさより容易さを感じさせるので

勘違いを起こしやすい。


面白いものを見て

勘違いだけはしないように

用心しながら

今の台本は進めていきたいと思うところです。




どっぷり台本書きに夢中になっております。


 なかなか苦戦中。


やはり、2時間の長さで書くつもりで

情報集めて書いてるので

どこでどうするのか。


 あ、ここ足らない

 ここに入れときたい


などなど色々書きながら起こってます。


もちろん、一度書いて終わりではなく

そこからまた精査していくので、

長い旅はまだまだ終わりません。



公演のための事務的な要素も

そろそろ入ってくるので、

諸々資料の準備をしたり。


舞台セットは、大枠は頭にありますが

それをどう活かすのか

実際に台本に照らしながらやってみないと。


考えてる仕掛けの実験もしなければ

とか思ってると

盛り盛りにやることは溜まっていきます。



ともあれ、

本がなければはじまらない。


まだまだ一踏ん張り、ふた踏ん張り中です



長距離を走るためにどうするか。

 

猛ダッシュでゴールに向かう。


この方法でいけるなら

これをやりたい。


目的地へ早く辿り着きたいかr。



休み休みでもいいからゴールに向かう。


目的地へ辿り着ければ、これもよい。


一歩ずつすすめばいいし、

寄り道しても

ゴールへ向って

突き進めれば、

いつかは辿り着けるので。


人に何か言われても、自分のペースで

向かうのもいいでしょう。


どんな道のりでも、

大変なことはあるので、

一つずつクリアしながら進んでいく。


目的地があるから、

そこに向けて突き進むことができる。

 

 

ただ、

目的地がないと?

もしくは、目的地までの道がないと?


道に迷って遭難することはなんとか阻止したい。


人生の目的地は

一つ決めてみて、

変更したり、

変更せずに踏ん張ってみたり、

その繰り返し。


だから、

人との出会いによって

目的地はどんどん変わっていけばいい、

と思ってます。


思い返せば、

何度もそんな場面はありましたし、

そのまま突き進むこともありました。


どの道を選んでも通る道は一つ。


選択を迫られた時に


 自分で決めた


というのがどれほど大切か


ということで、

今年は今年で、

いろいろ方針を決める場面に出くわしています。


台本もまだ完成しませんが、

強度を持たせるための遠回り。


焦らず仕上げます。


台本遅れ中




 よおし!


と思い清書をし始めたら、


 あれ?


となり、

途中から練り直し中。


台本ないと

人に声がかけられないのに。


焦っても仕方ない。

一歩ずつ着実に。



そんな中、

今月は色々と人に会うことに。


 面白い方に転がっていくのか?


というのは、何年も前の自分の考え。


 転がらなきゃ転がすだけだ


と開き直り、

今後の活動について考える。




どうなるかわからないなら動くのみ。


さ、やりましょ


最近ようやくわかったこと


現代劇でも、

SFや時代劇と同様、

価値観や主人公の状況はわからないので、

そのための説明は必要である。


つまり、現代劇がきちんと書ければ

SFも時代劇も書け、

その逆も然り。



キーボード


キーボードにこだわり出すと

「キーボード沼」と言われ、

決して手を出してはなりません。


なぜなら、


 もっといいものがあるのではないか?


と目的地がない旅に出ることになるからです。



めちゃくちゃ高いキーボードを買って

物欲によって満足できればいいのですが、

沼にハマる人は、

所有欲で探しているわけではありません。


 自分の手に合ったものを探す。


ただ、それだけのためだけに

探し求め続けることに。


 道具にこだわる


という点において、

 ロードバイク、

 バイク、

 車、

 文房具

といったものと変わりはありません。



そして、最終的に行き着くのは


 自分で作る


です。




キーボードにおいては


 自作キーボードの世界


があります。


その世界での流行は


 分割キーボード


左右に分かれて

キーの数が少なく

己に合ったキーマップ配置して使う。


個人的に思う1番の利点は、


 肩こり解消


これを聞くだけで、

反応してしまう人も

いるのではないでしょうか。



そして、ついに手を出してしまった

分割キーボード。


RoBaというキーボードです。


これまでのキーボードと違い

なれないながら2ヶ月ほど格闘し、

ようやく手に馴染んでまいりました。


「打つ」という作業から

直感的に使えるようになるまで

時間がかかりました。


しかし、これまでのキーボードとは違い

カスタマイズしたことで

ストレスなく使えるように。


トラックボールがついていることで

キーボードから手を動かさずにパソコン操作が可能で

外出先で使う者にとってはありがたい。


キー数が少ないのはどうかと思いましたが


 もうちょっとここが


というのは出てきましたが

基本的には誤打が減ったことで

これまたストレスが減っています。


そして、

分割キーボードの真ん中に

ノートを置くとさらによし。




最終的には

キーボードの上にiPadを置いて

ディスプレにすれば完成です。


パソコン側も

底上げすることで

視線も高くなり

肩こり解消がどんどん進んでおります。



挑戦には


 時間がかかったり、

 自分の思うものと違ったり


するので、諦める人もいます。


他人からしたら


 「やれば良いじゃない」


と思われることでも、

自分のことになると


 「でもな」


となる。


報われるならば

挑戦する人の数は増えそうですが、

 成功が確証されてないとか、

 体裁が悪いとか、

 自分の中に成功体験がないとか、

 残念な結果がチラつくとか、

で二の足を踏んでしまったり。


 それでも挑戦する


という人は、

バカにならなきゃダメなんですかね。


どんなことにでも挑戦する人を私は


 素敵だな


と思うのです。




でも、挑戦してうまくいかずに


 もし、あの時〜だったら


なんて後悔したりする人も


 人間だな


と思い、


 これもこれで素敵だ


と思います。


だって、挑戦はしてるので。



個人的に

考えないようにして挑戦しなくなったり、

膠着したまま想像の世界に居続けたり、

するだけというのは毛嫌いします。


水が滞ると腐るように

今の自分にモヤモヤしているのにそのままな人に

良いことは起こらないと思うので。


だから、異世界転生作品は

物語は面白いと思う反面、

不満があります。


 生まれ変わったとしても

 人は変わらない。


そのままの自分では、

別世界でも同じ失敗をするだけで、

無双なんてできない。


と思うわけです。



それよりも、ジム・キャリーの

「マスク」

「イエスマン」

「ライアーライアー」のように

強制的な呪いかけられて

自分ではない自分を体験して

より良い人生を発見する方が

良い作品だと思います。



ということで、

こんなことをもじった作品が作れないか

考えてみたりしてます。