前回大雪だと騒いだのが 二年前だったんですね

もっと前だと~ボケの始まりですか それに最近

忘れることが多くなって 娘たちからのイビリも

増えたような・・

 雪対策は どうなってんのかとネットを眺めると

二年前は 民間の運輸各社も政府もだいぶ絞られた

わが町も30~50センチくらい積り 重機も少なく

数日間のデコボコ道と 役所の初動除雪の批判だけの

記憶はある

 二年前の わが職場は二日間の休みでした

こんな天気で仕事なんか できるもんかとお局さんと

私の二人で娘たちに連絡し休ませました

娘軍団を束ねろとの上からの指示を受け 条件を

出したのが クチ出ししないでくれ・・

その時に 顧客からの同意を得て実施したのが

「大雪対策」で 30センチを超えた時は有給休みに

したんです 一部の各部門も右ならえをしました

わが社の各部門は社内分社のようなもので 担当幹部の

指示で動く 

顧客も二年前は 食品販売・ライフラインの部門を

除いて業務を休んだ 今回の雪は平常の業務でしたが

 ネットでは 大雪対策の批判が多かったが・・

不思議なのは何が何でも仕事だとの思いが先行している

【休む】・・との選択がないんですね

民間のことには 政治はクチだしするな~ですけど

自然には逆らえない しっかりと条件を定めて国際間の

業務とライフライン・食品以外は 政治主導の日本全国

強制で有給の休みと すればいいんです

そうでなくとも ホントかウソか解らんけど日本人は

働き過ぎだと 言われてんですから・・

「静かなる日日」もいいもんです。(おわり)



 職場の業務内容とか暗黙のル-ルについて疑問を

もったことは・・疑問を抱いたら どうしますか

社員の意見を吸い込むためのシステムが確立している

職場と違って ない職場は・・ 

★自分の考えを 直訴しますか・・

★己かわいさで 知らんふりですか・・

どのようにするかは 人それぞれでしよう

「ヘンだ」と思ってはいても生活がかかっているので

言い出しかねている人たちも多いんですね

 働く人間として 将来差がつくのは上に掲げた

「疑問」⇒その対処法・・ではなく

★この方法でよいのだと 盲信して疑問も持たずに

過ごしてしまうことですね・・

 疑問をもたずに 当然のことだと思うならば

 仕事に対する意義を すでに失っています

「おかしい・ヘンだ」・・と思ったら その違和感を

捨て去ることなく どこがおかしいのか調べる

改善策を考える・・次にはどうするか ですね

 賛同する仲間を 募らねばなりません

「ここがヘンだ その改善策はこうだ」と

改善策が妥当なのかを 検討してもらうためです

そのうえで 集団交渉すればよい ダメならば

自分だけの交渉となってもよいではないか 

 実際に 交渉する場合は・・

★手紙と面談を併用する

 最初は手紙で次に面談 この順序を踏むのが大事

案件によっては 最初から面談でもよいのですが

重大な案件の場合は 手紙と面談それぞれの特徴を

活かした交渉をしたほうが 成功率が高い

信念とか意気込みが必要だと よく聞くんですが

交渉ごとは 構えることなくサラリと進める

意外とうまくいくようです。 (おわり)

 私のような年代の仲間が集まると 騒ぎだす

何をもって騒ぐのかといえば「太り過ぎ」で

特に深刻なのが「メタボ腹」・・

この腹は 家族には評判が悪い 特に娘に・・

カミさんから言われても どってこたぁない聞き流す

娘に言われると 悪友どもも気になり落ち込む

ワガハイも最近は 下っ腹がチョビッと膨らんできた

まぁしかし 職場の嫁き遅れの憎ったらしいクチの

うるさい娘たちからも今のところは メタボ腹だと

イビラレたことはない

 ダイエットは 若いうちから気をつけるべきで

中年以降になってから 慌ててもモトに戻すのは

時間がかかる

仲間内で 平然としているのはワガハイただ独り 

腹が膨らまないコツを聞かれるが そん時は仕入れた

情報を教えているが その情報源というのは読者登録

させていただいている「原武志」さんで記事は下記です

http://ameblo.jp/fitlifecorp/

 私的な集まり「腹話術」での 仲間の悩みは

保育所・幼稚園で チビどもから「シワだらけだ」と

言われてねぇ 同居している孫たちにも言われる


 齢をとると 手の甲・首の頸部(のど仏のあたり)

たしかにシワだらけになって目立つ

童顔でも手と首は いくら齢をごまかしてもダメで

それに痩せているんですね 話を聴いてみると

あきらかに「タンパク質」が不足している

ビタミン・ミネラル類だけでは身体が持たないです

皆さん 若いころから太り過ぎに気をつけてきたと

言われるんだけど 人間の身体はバランスの問題で

筋肉がないと 皮膚のタルミ・シワなどもでてくるし

それに 骨を守れない

 ダイエットをするにしても 三大栄養素と筋肉・骨の

バランスを無視すると 腹話術の仲間のように

シワだらけといわれて演技が終わってから 握手も

してくれないと嘆くようになる

やはり 専門家の指導で無理なくがいいようですね。

(おわり)




 このテ-マでの記事は もういい飽きたよ・・

そう思われるでしょうが 今回だけの掲載の
我がままを お許しあれ。

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 あの世で欲望と執着を丸出しにして遊ぶ

大拙さんに 問うてみたい

★『人体は 数ある無意識の集合体で その無意識を

束ねているのが大いなる存在で その命令は無意識を

通して意識として普段私たちは動かされているのだ』

との解釈でよいのなら 店子の私たちのすべてに

指示を出さねばならない その大いなる存在は

さぞかし大忙しなのでは・・

 ナゼに大いなる存在は この世も六道の世に

せねばならなかったのか・・

この世で人間は 程度の差はあれ六道の世界を体験

しているのだから あの世でも六道の世界は必要と

しないし(六道のうち 一つは現世になってはいるが)

あの世への関所で 何処へ行けと振り分けをする必要も

ないのでは・・それとも

このような疑問は「悟り」とは 別のことなのか。

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現実世界での もう一つの「悟り」

「悩み」は ないほうが良い 「悩み」があるから

人は「悟り」を求めるのでありましょう

 悩みもなくホントウに満ち足りている人は

ゼロに近い ともいえる

悩みの大小の違いこそあれ一つ二つの悩みはあると思う

だからこそ その悩みを解消させるために 新たな活力

が生まれ そこに新たな文化も生まれてきたのでは・・

★ そうすると この世の文化とは全てが人のつくった

モノだともいえるし 「人そのものが文化」なのだ

となれば 国の文化というのは その国の人々が

つくりだしたものであり その国を構成している個々の

家庭の文化でもある

個々の家庭の文化が崩れれば その国の文化も存続も

危うくなるわけで 生きている限り人は不安から逃れる

ことは無理なのかもしれない

「明と暗との間を 振り子のようにいつも揺れている」

のが 人のココロだ

解決しても それが正解なのかとまた悩んで不安が

芽生えてくる 人生とは その繰り返しなのだろう

それがまた ホントウの生きている証しなのだと

「悟る」ことが 大拙さんの言を借りれば

「現実的悟り」と解釈することだってできる。

★思うに科学と宗教は握手せずと昔から言われている

その宗教においても 大拙さんが説く「禅と悟り」は

特異な存在だったのでは・・と。

★「宗教・禅・悟り・・底なし沼で 理解不可能

整理して まとめることなどできない化物だ」

いい加減なところで 妥協しようではないか・・

これもまた「悟り」としておこう。(追記 おわり)




 警察の無駄な方針

 暴力団の弱小化を目指せ・・と警察庁長官が訓示した

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201601/0008717778.shtml


男と女それぞれの・・さらには 世の中の現象すべてに

おいて 特有の美学が存在する

「極道には極道の美学」がある

それは 「任侠の美学」ともいえよう

『脅威・権力などに屈することなく 世間や市民に

迷惑をかけず わが道を自らが選びイモを引かない』

【極道の美学】なのだ

昔の極道は「生きていく」ということの意味を原点を

見据えていた

それがどうだ 今の時代 マコトの極道はいなくなり

暴力団の衣を纏ってしまった 警察庁長官に発言される

ようになったのも いわば自業だとも思う

 しかし長官の訓示はホンネではない 建前なのだ

ビジネス世界の組織論にあてはめれば 今の暴力団の

形態も同じだからだ

弱小化はするとしても 深く静かに潜航しながら

その間に組織を太らせ 時期を見て浮上してくるのだ

 弱小化というのは 表の世界でいえば「分社化」だ

暴力団もビジネス世界も 人間の集まりだから

離合集散を繰り返す・・当然の帰結なのだ

 願わくば 「暴力団」としてではなく

【極道の美学をかかげた「極道」】を期待したい。

 北朝鮮の水爆?実験で うろたえる国々

 ホントに 政治の世界って国の中も外も茶番だね

その茶番の俳優さんたちが 政治家だとは これもまた

ビックリだ・・

しかし 賢明な当事国の国民はホントはビックリして

いない 

なぜならば 演じている俳優たちは 自分たちが選んだ

とはいえ「ハシにも棒にもかからない」政治家たちだと

賢明な自嘲気味判断により ビックリはしていないのだ

それに あらかじめ仕掛け人がいて 脚本を配布されて

いた・・としての演技だとしたら なおのことだ 

 自分たちのことは風呂敷に包みこんで 他国の非難

「厚顔無恥」とは これら政治家俳優にピッタリだ。

(はぃっ おしまい)