【地元(点)で稼ぎながら】【地域・日本・世界(面)】で

稼ぐことにつなげたい・・

 

流通・物販の商売は 今ではアマゾンを始めとして有店舗

から無店舗そして電子マネ-により その形態はさま変わり

無店舗どころか 籍はどこかの国にあるけど表面的では国境

がない商売をしている

意識もグローバルな視点で考えないと国際競争を勝ち抜いて

いけない時代に突入した・・と 世間では騒いでいる

 あのコンビニでさえ海を渡り 製造業もヨソさまの国で

モノ造りにセイを出す ご苦労なこった

しかしまぁ所詮 四次元の時空間に制約された世界での話

コストをかけてまで したいのならそれでもいい

どうぞ おやんなさいましね……

 

【グローバルな視点なんて ハイカラな言葉・得意顔で

喚いてみても そんな世迷言ヘソが笑うワィ・・

 ゴメンだね 一次元(点)の世界だけで商売したって

イイじゃねぇか】

 

【五次元商売】それは時空間の制約を超えた商売で昔から

あった無在庫・無店舗 今でいえば産直・路傍販売だ

それを「グローバルな意識を持てば 時代の最先端を

走ることになる」・・言い方を変えただけだろう

 

 ならば 五次元の意識を一次元に飛ばして商売をする

これこそが商売の原点だともいえる 新しい話でもなく

改革なんて むずかしい話でもないのだ

点である一次元の地元 のみで商売を展開し知名度を高め

点に留まり販路は拡げず 客を点に呼び寄せるのだ

結果として コストもかからず地元経済が潤う 

商売の展開を座りながら【点を線と面に拡げる】(おわり)

 

なっていきそうです 「テロ防止法」が施行されて一か月

日本が 国際的に孤立しないためにも必要だったのでしょう

 

今は情報化時代 あらゆるところに情報が転がっています

ひょっとすれば 集めた情報が要不要かの選別判断のほうが

重要となるのかもしれませんね

あるいは情報に接したその時 それまでの人間という商売を

問われるでしょう

 

 個人が そのように思うのですから国家となれば大変です

特にテロ対策の情報となれば尚のことですよね

テロのほかにも各種法案の立案で 国民の意向把握の収集も

必要になります

さらには 議員同士での蹴落としのためにも情報が不可欠

川島正次郎さんが「政界は一寸先は闇」と話したそうです

まさに「政治家とは魑魅魍魎そのもの」なんでしょうね

われに有利となれば 信条の異なる相手とも手をつなぐ

由来はともかく「政治家は清く正しく美しく」ありたい

 小池さんが東京都知事に当選されたのも 都民の意向を

収集しての判断が功を奏したのでしょうか・・。(おわり)

http://ameblo.jp/b012/day-20170518.html

 

【己を見ることから 始める】

 

「人はコトを始めるにあたり 周りを見渡す」

何も知らない新参者だから 初心となり素直になってコトを

成した人の成功談を聞き・経営指南を受け・指南書を読む等

そしてコトを成した手法をマネてみる・・必要なことですが

マネをしてコトを成した人もいれば そうでない人もいる

その違いとはどこにあるのか・・

 

コトを成した手法をマネてみる……

この手法をとる人は 劣等感が強くプライドも高く

自己防衛心が強い人が多いようです

第一に考えるのは 周りからどのように見られるかで

自分の判断・行動を決める人が多いと思われます

周りからどのように見られるか・・・と思ったら 

まずは今の自分にとって一番基礎とすべきなのは何なのか

それは【人です】一緒に悩み考え助言してくれる人を探す

そして 大事にすることですよね

平凡なことですが 成功の第一条件・秘訣は【人です】

回り道のようで そうではないのです

それなのに まず利益をあげるための手法だけに目を向け

【人を大事にしない】

 

 成功者のマネをしても 失敗しない人は・・

自分の内面に存在するさまざまな弱点の改革を第一におき

成功者の成功体験を取り入れ 自分の過去の成功体験も

加味しながら 環境の変化を読みとり新たな取り組みを

するための柔軟さ信念を持っている人だと思う。(おわり)

 

禅のことば【あるがまま】とは……

漢字だと「有るがまま」あるいは「在るがまま」と書きます

「在るがままの境地」との言いかたもありますね

 

禅とか歴史書などを読むと 本来の「あるがまま」には

「自分は存在しないのだ」とあります・・そして

「自分という存在が無になった時 見えてくるものが

あるがまま なのだ」と あります

【周りの余計な雑音が入り込んでも それに気を取られずに

己が決めたココロのままに生きましょうよ

物事を解決するために駆けずり回らずとも 答えは内なる

自分にあるのだから 素直に単純に考えましょうよ】

このような解釈でよいのでありましょうか……

 

 この「有るがままと在るがまま」を比較する材料は

やはり 禅とか歴史書・俳句歳時記などにありました

中国の詩人「蘇軾(そしょく)」が詠んだ詩【柳緑花紅】

目に映ったありのままのモノを ありのままに表現する

これこそが「禅」のココロそのものであって

余計な価値判断をもたず 純粋なココロで物事を見よ

そして ミステリー小説にも出てくる「松尾芭蕉」

松島の あるがままの絶景と対面した「松尾芭蕉」は絶句し

何も詠めなかったようです

この二人の比較で【有るがままと在るがまま】の違いが

理解できるのでは~と思いますが・・

 

松尾芭蕉について どうしても解らない

訪れた時の象潟も松島のように海のなかでした・・なのに

【松島は笑ふがごとく 象潟はうらむがごとし】と残した

専門家とか句に詳しいかたたちは 「うらむ」は

「もの悲しいさまで 憂いに沈む西施のようだ」と形容

したもので「恨む」ではない と註釈している・・

そうなのかと それはそれで解ったが・・

ナゼ【松島は笑い 象潟はもの悲しい】と感じたのか・・

芭蕉のなかにおいて【有るがままと在るがまま】の違いは

何だったのか……

関連付けることは無意味なことで それこそが

「あるがまま」素直に受け入れればよいのか。(おわり)

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申し訳ありません 時間あれば投稿しますが

たぶん七月末日までは お休みさせていただきたく

お願いいたします。紫 拝

 

★【過去を振り返りながら生きていく】

 

 アーユルヴェーダでは 人生は年齢的にみて五段階に

別けられる・・と 私も精油学校での授業で教えられた

 それとは別に 医学哲学の学者は70歳になると

人は・・立ち止まり そこで人は転機を迎える・・と言う

ナンで立ち止まるのか・・それは あと何年……

それまで 自分はどのように生きればよいのか……

 

そのように思ったときの区切りで 70歳にならずとも

人間という商売が完結するまで 立ち止まるのは何度もある

私なんぞは 半端な生き方をしてきたので今まで何回

立ち止まったか 両手両足の指を総動員しても足りない

 

真剣に人間という商売を展開してきた人たちが抱くのは

この先自分は何をして生きるべきか……この年まで生きて

きたんだから これからはよそ様に喜ばれることをしたい 

特定の人たちだけではなく たくさんの人たちに感謝される

生き方・仕事をしたい

そうすることによって 自分も癒されて長生きできる

 その方法として 「目的・目標を定めて」そして

「過去ではなく未来を見つめて」 などの話が多いようです

 

その通りだと 私も思ってきた

だけど 人というのは 考えかたも変わってくるんですね

「この先の目的目標はたてますが」その達成手段として

「過去を見つめながら生きていく」・・これが今の私です

「過去にこそ 設定した生きがいのヒントが潜んでいる」

そのように 思えてならない。(おわり)