次の論点で思うのは

法曹人は あまりにも法的解釈に固執しすぎる

法の番人だから当然でしょうよ 世間一般的常識で

考えていたら判決なんてだせないよ~となるけれども

「中村教授」が争った結果 米国へ行ってしまった

最近の「正露丸」の判決も 商号の由来は別として

「ラッパの絵」が ある・ないで白黒をつけたそうだ

日本の場合は 民間でも自分勝手なヘンなル-ルを

作って相手に押し付ける

法においても こんなのいらねぇだろう一般常識で判断

できるようなことが 条文にゴチャゴチャと書いてある

「法律ってのは破るためにあるんだ」と いつも私は

大声で叫んでいます しつこく再度自動車を例にすると

「シ-トベルト・前照灯の切替」なんかも書いてある

「シ-トベルト」なんてのは 運転者に任せればいい

死にたくないなら ベルトをすればいいだけの話で

条文に書くようなことでもない 自己責任だ

しかしダレが考えても 悪いのは悪いとなったら

目ん玉飛び出るような 罰則を課せばよいのだ

もう少し 法の解釈を世間一般的常識に近づけてもいい

そのためにも「裁判員制度」があるのでは・・

「自由」ということからみれば 企業の方針として

守りに入るとハイそれまでよで すべてが止まるし

客離れも出てくる

研究開発者が 新しい挑戦をしようとしているのなら

資金も自由も上限なしに与えなければ・・

挑戦・革新こそが 新製品を生むことになるんですね

それを ヘンにモノの分かったふりをしている人が

古くからの 伝統だとか慣れているからだとか

できあがったモノは会社のモノだとか~等と

イチャモンをつけてきて 芽を摘むようなことをする

個人と企業のせめぎあいで「自由・名誉・金」が

絡んでくるので 将来も裁判官による法の解釈が

どうなるのか ホントに悩ましい問題ですね

研究開発者が どの分野で何を目的としているのか

マ-ケットが 目的を持って どのようなモノを

探しているのか・・

双方が 目的としているモノが一致して それが

今までとは違う 画期的研究開発製品だとしたら

ノ-ベル賞候補・受賞者になることは確実であって

今回は 双方の狙いが合致しただけの話で

市場と消費者の欲している物に対しての将来への

確かな目を持っていれば 誰でも受賞の資格はある

私はへそ曲がりだから 受賞したからといって

日本の報道は 祭りのように何を騒いでるんだ・・と。







 「論点」は二つ


一つは・・日本人は研究開発能力は優れているが

 マ-ケティング能力が下手だ

一つは・・研究開発に必要な「自由と資金」

     個人では自由はあるが資金が底をつく

     宮仕えだと資金に困らないが縛りがあり

     特許・所有権などの帰属問題がある

 今回は 勝手気ままな私なりの結論を先に・・

 上の「二つの論点」に共通している 根底には

日本人の気質が絡んでいるのでは~と思う

揉まれていないのだ

血の色が同じ人間同士が集まっても 違う考えが

出てこない 出たとしても拍手もまばら・・

日本は もっと血の色が違う人間を必要として

いるのではないのかと思うのですが・・。

野球楽天球団の監督だった 野村さんの

言葉を借りれば「敵は身内にあり」なのだ

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 最初の論点について思うのは

ホントに 今の日本人・日本企業は 優れているのか

真似ることは得意だけど 新しい発想で新しい技術での

モノづくりは不得意なのでは・・ンじゃあ

新しい発想・技術って具体的に挙げろといわれれば

困るんですがね

(既に市場に出回っている製品などを例として挙げると

『持たずに写せるカメラ・ホンダジェット機』等)

 技術を活かすという能力に欠ける 使い方を発展

させて製品化して 使う側が欲する製品を造れない・・

結果として 消費者を意識していない製品となるから

偏った売り方をせざるを得なくなる

(ここでも例を挙げると発光ダイオ-ドは さまざまな

使われ方をしてきましたが 自動車の前照灯に使われて

遠くまで見えるから安全ですよ~しかしその車の照度は

法の範囲内であり安全でも 対向車から見ると眩しくて

危険な車となってしまう)


外交交渉では 生産技術供与を惜しげもなく教えた

ここにも各国との駆け引きの油断・甘さがあった











 お金というのは 人間生きていくために必要な道具の

うちの ひとつなんですね

ありすぎては困る~という人はいないかもしれませんが

かといって 無いと これまた困ります

時には 有りすぎても無くとも~どちらも人を狂わせる

こともあります ほどほどにということでしょうか・・

 有り余るくらいあっても あの世に持ってはいけない

でもまぁ~ナントカの沙汰も金次第といいますから

三途の川を渡ってしまい 天国と地獄のどちらに

行かせられるのか 閻魔様と他の裁判官の賄賂として

持って行けるのであれば これまた便利でありますが

一方では 天国と地獄どちらも金など必要ないとの話も

あって~こればっかりは死んでみないと分かりません

「釈迦」は 悟りを得た後は 悟りの前よりも

超現実的になったとあります

多分 この超現実的の意味は「悟れば物・金のたぐいは

どうでもよくなる」という至高体験を意味していると

思うんですね

「世の中 この先はどうなるか分からん 頼れるのは

 金しかない」となって せっせと貯めこむか・・

釈迦をマネて 世捨て人のように物質的欲など捨て

生きてさえいければ それでいいのだと思うか・・

 昔の私はチビ二人を抱えて 電気も止められロウソク

明日食う米もない 物は赤紙・不動産は差し押さえ・・

そのような生活が続いたことがあります

もがいてあがいて 何とか切り抜けた時は

金があればとの思いと 無くとも何とか生き抜けられた

金っていったい何なんだ~その両方の思いがありました

しばらくしてから 物・金は どうでもよくなった

執着心が吹っ飛んでしまったんですね 

投資での利益も全額寄付 今は金儲け話は卒業して

一切興味がなくなりましたね

 皆さんは 物・金に対して どのような思いを

抱いてますか・・ 

物も揃って 金も有り余るほどある~としたら

さてそのあとは どうされますか・・。







「大正時代から戦後 昭和30年代までの暖房」

 明治から戦前にかけての暖房は 江戸時代の

「火鉢と炬燵(こたつ)」が 使われていた

 平成24年末から25年の冬は大雪となりましたね

今年26年の冬はどうなりますか・・

今よりも昔の方が寒く雪も多かったようです 私の

祖父から聞いた話だと 東京/代々木の練兵場の中で

雪山を作りスキ-をしたそうです

 古くからの日本の家の構造は寒さに弱いんですね

日本は湿気とか暑さ対策のために やたらと冬は

隙間風が遠慮なく入ってきて冬は寒かった

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 語り部の お話を以下記します

 私らの子ども時代の冬は寒くてのう 納屋にある

陶器で作られた丸い火鉢を持ってきて炭火で暖をとった

だけど手は暖かくなるんだが「股火鉢」と言ってのう

火鉢に腰かけたり 座って足を広げてその間に火鉢を

置いたもんです

親から「なんですか その恰好は行儀が悪い」って

叱られました

丸火鉢は 何処の家に行っても子ども専用だった

 

親たちは 横長の座るとちょうどいい高さの

「長火鉢」を使っていて 炭火の上に「五徳」という

鉄で造った三本足の台があって その上に鉄瓶をのせて

湯を沸かしていた

 私が起きると その「長火鉢」から「火ばさみ」で

真っ赤に燃えている炭を「十能」(平スコップの

小さいもの)にのせて丸火鉢に移した

寝る時には 子どもたちは長火鉢から釘を探して

投げるのが日課でしたね

炭をおこすのに「消し炭」というのがあってね

この消し炭なんかは木箱を燃やして作ったんですが

その木箱の釘が灰の中に紛れ込むんですね

 田舎に行くとな 畳一畳よりも少し大きめで横長の

でっかい囲炉裏があって 天井から

「自在鉤(じざいかぎ)」が下がっていて その先に

釣り針の親分のようなのがあって そこに鉄瓶とか

鍋を下げていたんだね

江戸から続く大きな家では「掘り炬燵」もあってね

だけど 私たちのような小さな家では「置炬燵」が

多かったんです 丸火鉢のように運べて便利でしたね

秋田の「かまくら」のような形をした「火入れ」に

炭とか「たどん」を入れて使ったんですが

一日中暖かくてねぇ もぐりこんでウトウトするんです

この「掘り炬燵」は 戦後になってから急に増えた

家を建て替える時に造るお宅が多くなったんです

それに大きさも半畳あればいいんでね

 ところが昭和の30年過ぎてから 電気式の

「やぐらこたつ」ってえのが 出たんですね

これは 布団を取ればちゃぶ台にもなるし

持ち運びもかんたんで 長々と足も延ばせる

もうどこのお宅でも競うように買いましたね

 そうそう「湯たんぽ」もありましたよ

寝るとき 足の方に置いとくんですね

私の家は 「ブリキ」の湯たんぽでしたね

金持ちは「銅とか陶器」の湯たんぽを使ってました

 今みたいに電気ガスの湯沸かし器がなかったんで

朝起きると 「湯たんぽの湯」で 顔を洗ったり

してましたね。

(昭和の語り部 まだまだ続きます)





 平成47年には札幌と鹿児島が新幹線でつながる

(計画が実現すれば)所要時間12~14時間

札幌で朝乗れば その日の夜には鹿児島に着く

私のような飛行機嫌いは 閻魔様に手招きされる

少し前には ひょっとすると寝台専用の新幹線で

日本縦断ができるかもしれない

札幌で夕方乗って 名古屋あたりで寝台となり

翌朝鹿児島に着く 夢の弾丸寝台電車だ


運輸省の資料によると 日本海沿岸の新幹線施設の

計画もあるので実現すればですが 北は旭川から

南は鹿児島まで 新幹線が日本をぐるりと取り巻く

 昭和39年10月に「東京五輪」があり

その九日前の10月1日「東海道新幹線」が開業し

今年で50年となった

駆け込み乗車時の一名死亡を除いて乗車中の死亡事故は

今まで起きていない


 新幹線を題材とした物語はたくさんあるようですが

東海道新幹線に切り替わる 昭和33年に走った

ビジネス特急「こだま」を使った映画『天国と地獄』

この映画は昭和38年に公開された

その後は 昭和50年には映画『新幹線大爆破』が

公開されたが 新幹線はセットだったようですね

 リニアによる中央新幹線の計画もあるが

ビジネスにしても 暗闇の中を走るのだ

これでは いくら早いといっても面白くない

 私なんぞは飛行機と同じで生きていてもリニアには

絶対に乗らない 日本は地震列島です

死ぬときは オテントウさんの下で死にたい

暗闇の下では死にたくないのであります


 店子の私たちは われらが大家である地球を

怒らせるようなことはしたくない

リニア新幹線なんて 止めてほしいんですがね。