人間だから どうしても好きな相手と嫌いな相手が

できてくる

 Aは好きだがBは嫌いだ・・
私生活でも仕事でも 一人二人はいます
Bを嫌いになった原因は 必ずあるけど

何が因で嫌いになったのか・・

自分でもわからないことのほうが多い そして

時間がたてばたつほど たがいの間は

修復不可能となってしまう

因がわかっている場合は 自分の考えで

嫌いを好きになることができますけどね・・

だけど 大概の人はそうしないようです

どうしてなんでしょうかねぇ・・

 嫌いになった因というのは 人それぞれ違うので

ここで あれこれと取り上げたって無理です

現在進行形で考えれば 好きな相手とは

いつも接触していますよね


人としての上下の関係そのような意識は持たない
たがいに笑顔で話しています

嫌いな相手とは話をしないから ますます嫌いになる


 

人間同士 どこまでも他人

家族だって例外ではない ましてや職場では・・

今はそうでもないが「ほうれんそう」がありました

あったけど『オレのほうが上なんだからオマエがこい』

なんて言ってたんでは 下から嫌われる


 どうしてなのかといえば 人間として上だから

上が譲るべきなんですよ

家族だってそうです ヘンなプライドなんか捨てて

人間的精神的に上のほうが譲るんですね


つづく





 大義のない選挙って騒いでいるんだから

投票する側が大義をつくればいい


14日は「今回の選挙は投票の意志なし よって

投票所に行かずに遊びに行こう」という

大義をつくればよい

 そうなると一票も入らない

解散したんだから衆議院内は無人となる

こんな面白い選挙は 初めてだ


 安部職務執行内閣は さてどうしますかね

搾り取った税金を600億もう一度使って

再選挙といきますか・・。

これってホントかなぁ・・


 何かを始めるときには 理屈は後からついてくる

まずは動け 動きながら準備をしていけばよいのだ

理由は(十分な準備をしてから・失敗したら等と

言っている人間は いつまでも行動できずに

動きながら準備をする人間から差をつけられる)

そのようなことを 見聞きしますよね

皆さんは たしかにその通りだと賛成しますか・・

何かにつけ疑ってしまう へそ曲がりのワガハイは

疑問に思う そのようなことを言ってる人間は

成功したといわれている人たちだけなのでは~と



「考えているだけではだめだ まず動くのだ」

カッコいいですよねぇ・・

だけど ホントに何も準備せずに始めたのかなぁ

『単なる言葉のアヤ』としてもですよ

今 成功しているからこその言葉なのでは・・

名前の知られた人が 自分の子どものころは

若いときは~などと話しているのを聞きますが

それだって 今成功しているから言えた言葉なんだと

へそ曲がりのワガハイは思うのだ
 

 これで万端だということは確かにあり得ないし

何事も見切り発車せざるを得ないけれども

人それぞれの得手不得手があります

自分で これで十分だと思ってから動いたっていい

なにも遅いことはない 焦る要はないんです

成功者の言を真に受けて 真似をする必要もないし

世間に名をとどろかせるようにならずとも

人間という商売の最終決算をしたときに それこそが

『言葉のアヤ』だが 赤字になっていなければ 

それでよいのでは・・。


皆さんは 何か事を起こすときは

準備万端整えてからですか それとも・・。






 私は職場へ出ても 机椅子がないから

憎ったらしい女どもの部屋の隅に置いてある長椅子に

座って お局や小姑の話を聞いてしまうと私の出番は

ないので 若いころからの城好きから始まって

歴史書を読み漁る日が多い

でも 業務のない小姑たちが話しかけてきたりウロウロ

したりで女たちの部屋から逃げ出し 顧客統合本部へ

遊びに行き それも飽きるとフラっと街中へ遊びに

出かける 本屋さんを冷やかしに行くのが多い
 

 この歴史書のなかでも人物描写については
書き人の解釈が違って 読み比べるのも面白い
さらには今でいう公文書のように 史実に忠実な

書き人の書いた文書が残っていれば それと

読み比べるのも これまた楽しいんですね
 

 そして もう一つの楽しみ方は

その土地を支配していた主の思いが 現代人に

乗り移っているのではと思うことがありますね

しばしば言われるのが県民性とか~ですが

たとえば わが東北では仙台伊達家に対して

山形最上家・秋田佐竹家・米沢上杉家が

猛烈な競争心を抱いていたんですね

 この四家のうち 伊達と最上は地元で

ほかの佐竹・上杉は流れ者なんですね

同じ地侍でも山形最上と仙台伊達を比べると

ホントは最上が伊達よりも格式が上なんです

最上は名門なんです

 しかし歴史というのは 大いなる存在は

どういうわけか 伊達に肩入れをしてしまう

そのかわり倹約家といえば聞こえはいいが

伊達を日本の三大ケチの一人にしてしまい そして

自分勝手な血統にしてしまった

東北の雄藩といえば 仙台伊達といわれるのは

仙台という地の利もあったのでしょうね
 

 歴史の流れというのは恐ろしいものです

支配していた主の思いが現代でも影響を与えている

仙台人の歩いた後はペンペン草も出ないと蔑まれて

宮城・仙台ナンバ-の車は 山形秋田を走ると嫌われる

それは身勝手な運転操作をして危険車だからだ

庄内人もそうで庄内ナンバ-の車は嫌われる その車の

運転者を見ると ハッとするような美女だったりする

これも善的解釈をすれば庄内酒井家と領民の絆の流れが

連綿として現代に繋がっているともいえよう

この身勝手な言動も わが身わが地を敵から守るという

気概におきかえられるわけで一概に非難もできない

 東北でいえば 仙台伊達に対してのライバル意識が

高いのが山形最上でしょう

その象徴が城跡の騎馬像なのではと思っています

最上像は後ろ足で立っています

これは高度な技術を結集しています 対しての

仙台伊達像は四足です 技術的にはどってことない

たがいのライバル的感想からいえば 動的最上と

静的伊達~とでもなるのか・・

 みなさんも史実に忠実な歴史書と書き人の解釈の違う

歴史書を読み比べてみたらいかがですか・・

そして歴史とは異なもの味なもの その不可解さを

知るのもこれまた面白いです。







★ あっという間に 12月になりましたね。




クリスマス・忘年会のシ-ズンです

ナゼに忘年会をするのかといえば
過ぎ去りし年をリセットするということで 
 ワガハイの都合の良い解釈によれば

涙を流したようなことは 水に流して

うれしいことは 来る年に継続させるということで
ございます。

ヘンな選挙だ

 600億円も使うんだってね・・
選挙したことにして その金をワガハイのような


マジメな働き者とか 陽の当たらない人々や
慈善事業団体にあげりゃあいいのにね
決して楽をさせるためじゃあなく 年越しの費用にね

 報道では 大義のない選挙だとか10%延税への
是非を問うだとか 騒がしい
だったら どうして8%増税はせずに今回の選挙で
8%増税の是非を問うべきだったのでは・・

 いさぎよく8%にしたのは 間違いでしたと
認めたらよいのでは。


今回のアラカルト終わり