治しの基本は・・

「プラスとマイナス・心と身体・陽と陰」これらが

『吊り合う』ことによって病気が治るんです

言い方を変えると 今の医学は「身体」が先行していて

「心」が後回しになっています

ナゼなのかとなれば 昔は今と逆でした

その揺り戻しなのかもしれない


 基本は「気持ちの良い動きをすれば病気は治る」

その「気持ちの良い動き」をするために「心」が

必要なんですね

 ところが すべての医療現場ではないのですが

「揺り戻し過ぎ」て「心」とのバランスがよくない

「リハビリ」なんかでも身体が悲鳴をあげているのに

我慢させている

患者は「少しぐらいの痛さは我慢しないと回復しない

周りの患者と同じメニュ-でしているんだから

大丈夫だ」と「思い込んで無理をして」しまう

他人のマネをしても・しなくても どんなに

頑張っても自分のできることを するしかないんです

患者には「頑張る必要はないんだよ」ということを

「身体が痛いことはしない」ということを

教えてあげることが 大事なんですね

 病気以外でも同じです

他人からバカにされても 実績をあげられなくても

己が情けないと 嘆いたっていいんですよ

自分が 今 できることから始めればいい

「自分のできることしか できない」・・それが

「あるがまま」なんです

 話を戻しますが 威張っている医者も多い

「治らないのは 患者が悪い」としか思っていない

こっちが懸命になって治してあげようと思っているのに

言うこと聞かない患者が多い~その思いは当然です

 問題なのは「自分は偉い」と思い込んでいる医者も

多いんですね

自分が生活できるのは「患者・病気」があるからだ~を

忘れているんです 「おたがいさま」なんですけどね。

『腹が減ったら食う・眠くなったら寝る』・・ 

これが 紫流の「あるがまま」

感覚の世界ですね・・

人も自然の一部でありますから 

「自然に従った生き方をする」ということですかね

「古代の科学」である「陰陽五行」が教える

生き方です

 自然は 自分に何をしろと言っているのか・・

自分は 何をすれば自然の意に沿えるのか・・

 人の死も 自然現象

病気になるのも 自然現象なんです

 そしてまた 人間のすることには限界もある

現実に戻れば 時間に縛られ己の意のとおりには

動いてはくれない

 しかしその中から ホンの一つでも「あるがまま」を

見つけると うれしいですね。

「私らのころは 三種の神器言うて テレビと冷蔵庫

洗濯機が出回って便利になりました」

『松下・東芝・早川(早川電機今のシャ-プ)なんかの 

製品が多かったですね』

「それから間もなくして「森永ヒ素ミルク事件」で

(調べましたら昭和30年)お母さんたちも赤ん坊も

災難の時やった・・あれはのう母乳よりもミルクの

ほうが栄養のバランス良いからといわれた時でした」

『赤ん坊の離乳食の準備せにゃならんということで

三か月ぐらいから 果汁とかス-プを飲ませろと

言われて それにはミルクのほうが良いと薦められて

その時から事件が起きたんです』

『だけど 私は果汁とかス-プはあげなかったですね

最初はあげたんですけど お腹がふくらんで離乳食を

食べなくなるんです』

「今の母親たちは 赤ん坊を育てるのに神経質すぎる」

(職場の娘~たとえば どのようなことでしようか)

『ご飯食べさせるのに わざわざ赤ん坊用の匙とか箸を

使ってるし』「私らのときは 匙の上に載せて

ふうって息を吹きかけ冷ましながら食べさせたり

匙や箸も 赤ん坊用なんてなかったわよね」

『そうそう 隣近所みんなそうだった物がなかった

時代だしね』

(職場の娘~赤ちゃんと大人用に別けたのは 大人の

 クチの中は いろんな菌がたくさんあって大人が

息を吹きかけると 菌が食べ物についたりするので

別けるようになりました)

「あら そうなの~だけど見てると孫に食べさせる

ときは 娘は息を吹きかけてるし 匙も別にして

ないわね・・私がそうして育てたからかしらね

○○さんとこは・・」

『ウチもそうですよ 別にしてないし吹いてますよ

あんまり大事にしすぎて育てると あとが大変よ』

「そうそう 赤ん坊の時は命に係わる大病は困るけど

子どもの時に 大概の病気になったほうが大人に

なってから楽だわね」 

(職場の娘は・・しばし無言 ナンカ言えとばかりに

私を睨むように見つめてたが 私は知らんふり)

 

「そうそう 生まれたときは血液検査を必ず調べました

なんか今はそうでないようですね」

(これは 血液型は赤血球の表面にあるたんぱく質の形

で決まるんですが生後すぐには このたんぱく質が

不安定で未熟なために血液検査をやめたそうです

 昭和生まれの方で 血液型が判明している方は

 再度調べたほうがいいかもしれません)

『今はあれでしょ赤ん坊を日光浴させるのに日焼け止め

だとか帽子だとか うるさいんですってね』

「私らは 子どもたちを裸にしてお日様にあてたけど

 肌がヘンになったとか そんな話なかったわよね」

『そうよねぇ~でもね ウチの娘は外に出るとき

 孫には 必ず帽子をかぶせて出かけてる』

(職場の娘~日光浴しないと骨の発育とか成長が遅く

なるんですけど お日様の光の中で紫外線というのが

ありまして これが強すぎると皮膚ガンなんかに

なりやすいんですが その紫外線が強くなるのを

ふせぐために 地球にはオゾン層というのがあるん

ですが今は それがうまく働かなくなったんですね

それで 日焼け止めとか帽子をかぶせるように

なりました)


(今日は ありがとうございました
近いうちまた 昭和時代のお話お願いいたします

今何か お困りのことございますか・・)

「買い物が不便になりましたね」

『八百屋さん肉屋さんなんか 店じまいするし

 コンビニはあるけど 私らが欲しい物は置いてない』

「そのうち あれじゃない昔のようにバスに乗るとか

 一里近く歩かないと店がないようになるんでは」

続きます。

「波動を豊かにする」

 なぁんだ~と思われるでしょうが・・紫が思うに

「波動を豊か」にする方法は『自然とのふれあい』が

一番だと思っています どうしてかといえば・・

「波動とは 他の人と比較できるものではない」

からです

「エネルギ-の塊・集大成」が「自然」なのだ・・と

思ってます

 目的は ただひたすら「自分の波動を豊か」にする

ことにあるのです

「パワ-スポット」が 騒がれています

その場所に行くと 目に見えないナニかがあって

自分の持っているエネルギ-が満たされ さらに

大きくなる思いになるから~といわれてます

それはナゼなのか・・

「この地にあるのは必然的理由がある」からなのです

各地に「神社仏閣」がありますが 訪れる時は

『どうして この地・場所にあるのか』を考えながら

参拝する人は少ない

どうして この地にあるのかを調べながら参拝するのも

より大きなエネルギ-をもらえるのでは・・

わざわざ時間と金をかけ パワ-スポットを求めて

旅に出る必要はないのです

近くの公園でもいいのです 樹木・小川・つくり滝・・

何よりも「歩き」ながらエネルギ-を吸収でき

ストレス解消にもなりますよね

しかし これらは受動的方法です

自分から能動的に エネルギ-を受けるためには

NO.(27-9)にあるように 家賃の高い場所は

エネルギ-も溢れているのです 自分から積極的に

動くことによって「自然大地からのエネルギ-」を

吸収し「自らのエネルギ-」に変えていくことこそが

「波動を豊かにする」ことになる~と紫は考えます。

終わります。

 紫流では 重要なのは「エネルギ-というチカラ」で

「それを強くするための能力」であり 「波動」は

それらを伝えるための方法だと・・そして言われている

「波動」は「エネルギ-と能力」を含めての表現なの

ではと考えましたが・・

 人の身体は60兆個の細胞で構成されていて五年毎に 

すべて入れ替わるそうです ならば別人になるはずだが

そうならないのは 遺伝子によるものだそうですが

陰陽五行説によるところの五臓六腑は それぞれ

エネルギ-をもち活動しています そうすると 

人間の身体すべてが=波動の塊であるとも解釈できる

 ここでもう一つ 忘れてならないのが

「波動の相性」ですね

この相性は 素人の紫説では「エネルギ-と能力」が

どのようにか分かりませんが 微妙に絡み合って

いるのではとも思えるのです

「キメが粗いとか細かい」とか聞きますが これは

その人が持っている「エネルギ-の質」だと紫は思う

この「エネルギ-の質である粗い・細かい」こそが

「人と人との相性」を決めているのでしょうね

初対面なのに「いい感じの人だとかいやな奴だ」と

これこそが 波動だと思います

だけどホントは紫流でいえば「おたがいがもっている

エネルギ-の質」が 電波である「波動」によって

内面からにじみ出てきて 微妙に絡み合って

「相性がいい・悪い」となる そのように思いますが

いかがでしょうか・・

 だとしたら どうせだったら「波動が豊か」で

あるほうがいいですよね

次回は どうすれば「波動が豊かになるか」を

考えて ようやく終わりになるのかなぁ・・と。