★ 主役でもない 脇役でもない
「生きている」という「実感があればよいのだ」
【み~んな いっしょ】
この地球にどのくらいの人間がいるのか解らないが
人間しょせんは ひとりなのだ
血の色が同じ家族がいたとしても 己ただひとり
しかし赤ん坊から責任ある人間となる過程において
己のココロの中で 何かが弾けて揺らぐような感じを
幾度となく抱く それは どのような・いつの頃か・・
そんな記憶を思い出そうとしても かなわなかったが
その時々から己という人間はたしかに ひとりなのだが
ココロのそこでは すべての人間とつながっていて
その つながりの中でさまざまな己の姿を感じとり
その己に 感動したり失望したりしながら それまでの
一つひとつの区切りの中で 穏やかでもあり激しくも
あった 日日の時間の流れを感じとってきたのかなと
今では そのように思う。
最終的に「自分は誰なのか」「自分の人生の目的」は
どこにあるのか・・と 悩んだ日日もあった
悩みぬいて でた結論はと言えばいたって簡単なことで
それは・・【生き続けていくことが 人生の目的】己が
茶道の師の言であった 私の人生の師は三名
「和弓の師と近所の医師(私はヤブと呼んではいるが
西洋東洋問わず優秀な医師で 患者には死にたく
なかったら酒煙草ヤメロと言いながら 自分では酒を
がぶ飲みしている)」そして茶道の師で続けて師は言う
『人生の目的というのは 宿命と同じようなものだ
生まれる前から 目的は決まっていたのだが
生まれた時には きれいさっぱりと忘れている』
『しかしそれでは困るので 喜怒哀楽・家族・誕生日・
手相人相などを神は残した それが人間のもつ
宿命というもので それらにふれることで
人間は自分の人生の目的を思い出すことにもなる
人生何が起きるか分からん だから人生はおもしろい
その時に役立つのが持って生まれた宿命なのだ』
この三名の師が 同じことを言ってるんですね
代表して 和弓の師の言を言えば・・
『紫 ワシはのう人生の目的というのは 必要ないと
思うんじゃよ
生きるという事は 自由であり変化することだ
それを楽しむことにある・・
楽しむことによって 自信もでてくるようになる
よって 神から与えられた人生の目的が違っていても
よいではないか・・
人生の目的などとチャチなことで悩むのは無用じゃ』
ここでいう「人生の目的」は 生活の糧である職業
ではなく 人間としての「人生の目的」のことですね
2/3へ続く