主役でもない 脇役でもない

「生きている」という「実感があればよいのだ」

【み~んな いっしょ】

この地球にどのくらいの人間がいるのか解らないが

人間しょせんは ひとりなのだ

血の色が同じ家族がいたとしても 己ただひとり

 しかし赤ん坊から責任ある人間となる過程において

己のココロの中で 何かが弾けて揺らぐような感じを

幾度となく抱く それは どのような・いつの頃か・・

そんな記憶を思い出そうとしても かなわなかったが

その時々から己という人間はたしかに ひとりなのだが

ココロのそこでは すべての人間とつながっていて

その つながりの中でさまざまな己の姿を感じとり

その己に 感動したり失望したりしながら それまでの

一つひとつの区切りの中で 穏やかでもあり激しくも

あった 日日の時間の流れを感じとってきたのかなと

今では そのように思う。

 最終的に「自分は誰なのか」「自分の人生の目的」は

どこにあるのか・・と 悩んだ日日もあった

悩みぬいて でた結論はと言えばいたって簡単なことで

それは・・【生き続けていくことが 人生の目的】己が

茶道の師の言であった 私の人生の師は三名

「和弓の師と近所の医師(私はヤブと呼んではいるが

西洋東洋問わず優秀な医師で 患者には死にたく

なかったら酒煙草ヤメロと言いながら 自分では酒を

がぶ飲みしている)」そして茶道の師で続けて師は言う

『人生の目的というのは 宿命と同じようなものだ

 生まれる前から 目的は決まっていたのだが

生まれた時には きれいさっぱりと忘れている』

『しかしそれでは困るので 喜怒哀楽・家族・誕生日・

手相人相などを神は残した それが人間のもつ

宿命というもので それらにふれることで

人間は自分の人生の目的を思い出すことにもなる

人生何が起きるか分からん だから人生はおもしろい

その時に役立つのが持って生まれた宿命なのだ』

 この三名の師が 同じことを言ってるんですね

代表して 和弓の師の言を言えば・・

『紫 ワシはのう人生の目的というのは 必要ないと

 思うんじゃよ

 生きるという事は 自由であり変化することだ

 それを楽しむことにある・・

楽しむことによって 自信もでてくるようになる

よって 神から与えられた人生の目的が違っていても

よいではないか・・

人生の目的などとチャチなことで悩むのは無用じゃ』

 ここでいう「人生の目的」は 生活の糧である職業

ではなく 人間としての「人生の目的」のことですね

2/3へ続く

ホントのメンタ-とは・・ 

共通の目的がある場合は別だが そうではない関係では

ダレかと競争させたり 何かと比較させるのではなく

たがいの「同じ魅力」に気づき高め合い 相手の

「違う魅力」を否定せず 受け入れて活かす方策を

考えていくことで 主従関係ではなく恒常的関係を保つ

ということか

 この世は 二律相反するモノがあって 初めて

どちらも成立するのです

メンタ-としての相手の存在を 疑問に感じた時は

自分の存在も この世で無になるということか・・

そのような思いを巡らせていくと 男と女が別れる時

憎しみの感情が頂点になるのは 自分という存在を

無視されたことに対しての怒りなのかもしれませんね。

(おわり)

★負のメンタ-もいれば 最良のメンタ-もいる


 人間は 支え合って生きている

しかし「ベストのメンター」と出会えれば 全てが

うまくいくと思うのは 間違いなのです

その考えは「他力」であり その前に完璧でなくとも

まずは自分で努力していくことが必要で その結果

メンタ-は 何処にいるのかと探さずとも現れる

 自分で努力するという事は「人間としての魅力」を

積み重ねることにあるのか・・

つらつらと思えば 若いころから何事にも【ナゼ】だと

自ら調べ・本を読み・人に聞くと同時に揉まれながら

【ナゼと納得】を積み重ねていくことの歴史がイコ-ル

【人間としての魅力】を 形成するのかもしれませんね

「人間的魅力」は 一言では表現できない

さまざまな魅力があるし 人それぞれが違うでしょう

【人間的魅力】は 紫思うに『得体のしれない・

掴みどころのない』人間であり『どんな人なのかもっと

知りたい』と周りから思われるような人間なのかなぁ

 

 さまざまな人たちと出会っていると 自分にはない

【人間的魅力】を持っている人に引き寄せられる

だけども 同じ魅力を自分も持っていることに人は

気づいていない

多分同じ魅力でも強度があるかないかの違いだと思う

相手に魅力を感じる時は その魅力を自分も持っている

からなのだと 心理学でもそのように教えている

思うに「自分の中にある魅力」を 自分が気づいて

もっと大きく・強くするための努力をしていけば

ことさら メンタ-としての相手に同じ魅力を

求め続ける必要もないわけでして・・

「波動の法則」というのも 時どき聞きますよね 

『同じものは混じりあい・違うものを蹴っ飛ばして

 強い波動が弱い波動を包み込む』ことのようだ

どちらかといえば 正反対の魅力を持つ相手に

魅かれることのほうが多いのでは~と思うのですが・・


 自分にない「魅力」を 「相手に感じた」時こそが

自分に隠されている「魅力」に気づくチャンスでも

あるのでしょうね 2/2へ続く




 成功と失敗の垣根はない

何が失敗で何が成功か その判断基準は自分にある

世間の評価とは別なのだ

成功者とは  たくさんの「失敗」をあきらめずに

さらにまた「失敗」を怖れず 数多くの「失敗」を

体験してきた人だと 世間では言う

「失敗は成功の元」とも 言ってますよね

「失敗」の連続であった・・と思い込んでいても

死んではいない 生きている

ならば 今までのわが人生には「失敗」の二文字など

ないのです。 (おわり)

 人間 結局最後は「ひとり」なんですね

「ひとり」を受けいれるしかない

「ひとり」で生まれ「ひとり」で死ぬ 

生き続けているときも 「ひとり」なんです

生きている時は「自分だけの ひとりの世界」

「死ぬ時は 自分だけの世界」も 消滅する

ただ それだけのこと

 しかし「自分ひとりだけの世界なのだが 

生きている間は 多くとつながっている」のです

「すべてのつながりの中で」・・

「己ひとりだけの人生を楽しもう」・・

その思いが 己が人生の中に溶けこんで・・

やがて 静かに消えていく時を迎える・・

その時に初めて 「死を実感し」

すべての人間が抱いてきた「自分はダレなのか」の

答えがでてくるのだろう。 (おわり)