★「瞑想で治療的効果を高める」・・・

 病気と仲よくしましょう 戦ってはいけません

ナゼなら 元はといえば自分の細胞なんです

病気は 自分と親・兄弟・姉妹のようなもんです

悪さをしでかされた原因を探して 謝ればいいんですよ

そして 淡々と昂ぶらずやさしくつき合っていくのです

 

 瞑想を知らずとも 通常意識で病気と向かい合うだけ

上に記した考えに合うような 文言を考えましょう

【自分の分身である 病気に話しかけるだけでいいんです

恋人の耳元で 熱い吐息に乗せて語りかける甘い囁きの

ように】ね

『ご機嫌ナナメだね 気にさわるようなことしたかなぁ・

美術館で好きな絵を見るよ あなたも一緒に見ようね・

今日はお友だちがくるから帰るまで静かにしていてね』

【がん は早期発見・瞑想も早めの始まり】

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ついでにいえば【コレはアレに効くよといわれている】

健康に良いとの商品がたくさんありますが……

★効果があるようでないようで ハッキリとした根拠はない

ナゼならば その人との相性しだいなんです

8年間飲み続けた「水素水」・ラジウム鉱石を(ホンモノ?)

浴槽に入れ5年間使い続けた……日々実践していた二人の

知り合いが がん で亡くなりました

このような例から見ても 健康食品と同じで自分の身体との

相性によるんだと思います

ひょっとすると「瞑想法」も そうかもしれませんね……?

次回はネットから拾った健康法を転載して終わりとします。

 

 

★瞑想で注意することがあります・・・2

ただし……瞑想者でも「がん などの病気になります」

 

がん に限らず 病気に対しての効果を考える時には

【治療的効果と予防的効果】の二つに別けて考えます

「今まで記した佛教由来の瞑想法は 安定した精神力を

高めるのが主体で 副作用を抑えるとか治療の効果を

上げる・期待するなどの治療的効果は優れています」が

「予防的効果には あまり向いていません 佛教由来の

瞑想法は 病気などの予防法としての瞑想」では

ないからです

 

「瞑想で 病気の予防効果を期待する・心身改造をするには

 精神安定を目指すだけではダメなんですね 例えば

『がん にはならない』という呪文のようなものを瞑想に

組み入れていく必要があるんです」

人間には「意識と無意識の領域があり 意識は無意識に

逆らえない」といわれています

ホントは 常に無意識が正しいとはいえないのですが……

瞑想すると 雑念が次から次と湧き出てきますが 時には

ポカット穴が開くように 雑念が消えることもあります

その時を利用して 無意識へ予防的な文言で訴えていく

これは実際に瞑想をしてみないと理解できないと思います

 

 通常の「心の安定を求めていくためだけの瞑想では

病気を予防するという その部分がないので瞑想者でも

病気になるのです」(つづく)

 

★瞑想で注意することがあります・・・1

瞑想に入り周囲から己を遮断しますと 心がスッキリと

落ち着き【一時的に無の状態に近づくことはできます】

しかしこれは 今まで抱えてきた悩みとか今の不安が解消

されたということではないのです

瞑想を終えて日常生活に戻ると 再び悩みとか不安が出る

「ナンだ瞑想しても何も変わらん」と瞑想に不信感を持って

蹴っ飛ばす これは瞑想に過大の要求をし過ぎたからです

私がそうでした

そのために瞑想以外の手法を探したり 本来心の安定を求め

瞑想を始めたのに そうでなくなってしまう……

 

座禅の目的は「無の境地⇒悟りの状態」で この悟りを

得るためには 気の遠くなる数十年間もの期間修行を行う

必要があるので 私たちには無理だと思います

【瞑想とは】座禅を改良したものですが……

通常意識では考えられない 過大な願望は止めましょう

たとえば「無の境地⇒悟りの状態」を目指すとか 

「宝くじの一等に当たる・絶世の美女が30人群がり

日替わり弁当の如く毎日違う美女とチュ-できる」とか

怒らせた肩を なで肩にして軽い気持ちで毎日チョットだけ

少しの時間でよいのです 続けることです

ということは少しばかりの忍耐が必要です だけどこれは

ほかの何かをしようということと同じですよね

かりに途中で瞑想を休んでも 長年続けていれば

ココロの安定は失われないし 再開しても直ぐに無に近い

状態になれます

 

たとえば(31-9)人間の美学で記したように

癌になったとしても 通常は動揺するのに医師の言を淡々と

受け止めることができるのです ただし・・・(つづく)

 

 

瞑想が世界的ブームになっているとのこと 東洋での瞑想が

見直されてきたのですね 瞑想者である私も嬉しく思います

個人・会社として瞑想を採用している・・・精神の安定に貢献

するのが大きいんですね

人間関係などのストレス・集中力・仕事の効率……など

その効果は【個人の安定した精神力と企業業績アップ】です 

 

 瞑想は 佛教の修行のひとつ座禅を 簡単に行えるように

したものです

日本では「TM瞑想法・ヴィパッサナ-瞑想」の二つが

知られています 私は両方習いましたが手法が違うだけ

そして今騒いでいるのが「マインドフルネス瞑想」いずれも

元は佛教です

 

わが日本には神代の昔から神話とかありましたよね

精神を安定させる瞑想とにているのは 座禅・お祓い・

お清め……など

瞑想は神秘的響きがありますが お寺さんとか神社では

瞑想は ほとんど聞いたことがありません

しかし日本には「日本古来の古神道」がありました

その古神道には「日本独自の瞑想法」があったのです

それが確立されたのが「平安時代のようです」(つづく)

 

 実例をあげれば・・・

「食品ス-パ-の店員が 真っ赤なマニキュアで接客して

お客さまからクレ-ム 本人に注意して直ったが

今度はイヤリングをしてきた」

「通院の患者さんが 精算時ファイルには薬の処方箋が

入っていたので薬はと・・・担当者が処方箋はあるけど

先生のサインがないので薬はありません」との返答

処方箋があるのに ナゼ医師のサインがないのか・・・

ヘンだと思わなかったのか 多忙でサインを忘れたのか?

前回診察時の処方箋が未処理で ファイルに残ったまま?

発行日を確認すれば 直ぐに解ることなのに……

このように 理解不足の例がたくさんあります

 

 もうひとつ私が気になっていることを……

接客を業とする店舗などで AI人間が接客業務にも進出し

数年前から話題になっています

業務の効率化を促進し 人員の削減もできコストダウンにも

つながり 知名度も上がるからですね

 

 接客は お客さまからの情報を引き出し接客の質を高めて

お客さまの次からの来店を期待することにあるわけですよね 

そうすると 将来はともかくとして現在時点でいえば

AI人間を導入するという事は 知名度は高まるがAI人間が

できる業務への お客さまの認知度も高めなければならない

 人間とAIとの業務の棲み分けが必要です 

その意味においても お客さまとの会話・接点を断ち切る

ことになってはならないのです

AIによる効率化より お客さまの経験などの情報によって

実行できる効率化もあるんですね

こちらのほうが 経営上から見れば大きいと私は考えます。

(おわり)