マーケティング・マイオピアの例として、日本における携帯電話会社の衰退が挙げられる。

携帯電話会社が衰退した要因は、自社事業を「携帯電話事業」とし、「通信事業」と捉えなかった為だとしている。
顧客が求めているものが「通信手段」であることに気が付かなかった為、「通信事業」の代替手段としてスマートフォンやVoIPが出現し、携帯電話のニーズは侵食され、事業衰退を招いてしまうことになる。

youtubeでfukushimaを検索すると、海外からみたfukushimaの現状が見える。


それは、ロシア国民に知らされていなかったチェルノブイリの海外報道と同じ価値があるのではないだろうか。

企業というのはあらゆる環境の変化を飲み込んで、可能性を追求することで成長を遂げていく。


その成長の源泉は、突き詰めると個人個人のポジション争いである。

ポジションは有限であるため企業には成長の節目というものがある。

私は経営者と一体になり何社か手掛けたが、やはり成長が止まるポイントというものが存在した。

サービス企業のA社は事業の停滞が続き系列会社の統合を敢行したが、従業員が70名程度で停滞をしていた。

IT企業のB社は私が入社時は従業員が20名程度だったが、従業員数が70名程度を超え有限会社から株式会社へ移行した時に、大きな転換期が訪れ成長が止まった。

製造業のC社は、自社が持つポテンシャルを超えるプロジェクトを成功させる為に、私に全権を与え解決にあたらせて成功したが、私のプロジェクトチームはそれをもって解散させられてしまった。

現在手掛けているサービス企業のD社は今まさに従業員が70名を超え、これから大きな転換期を迎えようとしている。

私が行うことはただ一つ、目標を決めて課題を洗い出し解決するという作業だが、粛々と課題の解決を進めてゆく現実を目の当たりにすると、多くの人間は耐えられない。

そして、目先の成果だけで判断を下し改革を止めてしまうのである。


その理由としては、企業が成熟するとともにポジション待ちの順番が生まれて秩序を保つためだ。

秩序にとって変化は脅威であり、成長すら邪魔になってしまう。

このように秩序を乱す事を避けようとするベクトルが生まれ、組織は次第に硬直化していく。

しかし、それ自体は悪い事だと思わない。

企業の成長が止まるのは、調和がとれてしまうからだろう。

なぜなら企業が掲げるフィロソフィーがどれだけ崇高で壮大なものであろうと、実はそこにいる従業員たちの意識の総和が企業の役どころであり、真実のフィロソフィーなのだから。