相次ぐ幼児死体遺棄事件
「愛知・岡崎市のスーパーで今年2月に冷凍された2人の乳児の遺体が見つかった事件で、警察は1日、死体遺棄の疑いで無職・藤原厚子容疑者(49)とその子供の計3人を逮捕した。藤原容疑者は「凍らせて捨てた遺体は、死亡した夫との間にできた子供だ」と供述している。」
「24日午後4時半ごろ、水戸市千波町のアパートの男性(31)方で、生後1歳くらいの女児が死亡しているのを、アパート管理会社からの通報で駆け付けた水戸署員が発見した。女児は目立った外傷はなく、全裸でタオルケットに包まれた状態で見つかった。遺体は腐敗が進んでいた。 同署によると、男性は妻(25)と女児の3人暮らし。男性は体調を崩し同日、入院した。妻の所在が分からなくなっている。 同署は死体遺棄29件
事件として、死亡の経緯について関係者から事情を聴くとともに、女児は夫婦の子どもとみて身元の確認を急いでいる。」
「東京都世田谷区のごみ集積所で十四日、ごみ袋から生後間もない男児の遺体が見つかった事件で、警視庁捜査一課は二十一日、死体遺棄の疑いで、区内に住む乳児の母親で高校三年の女子生徒(18)を逮捕したと発表した。 逮捕容疑では、十三日午前九時ごろ、自宅マンションで出産し、その後に死亡した男児をタオルにくるんでビニール袋に入れ、同日午後三時ごろ、近くのごみ集積所に捨てたとされる。
同課によると、女子生徒は「子どもを産んだが、動かなかったので、どうしていいか分からず捨てた」と容疑を認めている。女子生徒は十八日、母親に付き添われ世田谷署に自首した。家族は女子生徒の妊娠に気付いていなかったという。」
朝食をとりながら、こんなニュースを聞くと料理の味も分からなくなる程、気まずい気分にさせられる。
今の日本は、不安定な政権、財政赤字問題、外交問題、少子化問題、経済対策など多くの問題に晒されている。
しかし、最も問題なのは日本人の価値観が変わってしまった事なのではないだろうか。
私が子供の頃は近所付き合いが盛んで、夕食のおかずを分け合ったり隣近所同士で食事をしたりしていた。
近所の子供同士が夕暮れ時まで外で遊び、家の窓から夕飯の匂いが漂ってくると皆帰りはじめるのである。
今の時代、近所付き合いも無く核家族化が進み人に迷惑を掛けなければ何をしても自由、人との係わり合いを無くす事で自由を得る事を進めてきた。
子供を育てることは、その家庭内だけで解決しないといけない義務へと変わってしまった。
昔は子供同士の喧嘩やイジメだって、近所のお兄ちゃんやガキ大将がいて解決できた問題だった。
しかし、今では親や学校の先生が察知して解決する必要があるらしい。
「親子のコミュニケーション」で検索するとどれだけサイトがあることか・・・。
その為の本なども出ている!
なんでも、大人がコミットして解決する社会となった。
本来、子供同士が多少の間違いがあっても互いに落としどころを見つけて解決することができたもんだが、そういったことすら大人が介在して正論で解決してしまう。
こんな常識を持った大人たちが、子供を産んで育てるプレッシャーは凄いだろうな。
もう少し気軽に産んで育てても大丈夫な社会が必要だと思う。
子育てとはこうあるべき!親とはこうあるべき!ではなく。
わが子が生まれた時の喜び、子供の笑顔に癒され、わがままを叱り飛ばし、悪い事をしたら怒り、良い事をしたら褒める。
お手伝いをどんどんやらせて親も楽をする、ちょっとぐらいお小遣いに上乗せしてやる。
近所の子供も一緒に遊ばせ、夕飯ぐらいたまには一緒に食べて、ついでに皿洗いも手伝わせれば良い。
近所の子供もみんな家族ようだった時代。
そこでは目を覆いたくなるようなイジメも虐待も無かった。
だって、家族のように一緒に夕食を食べている友達をイジメることなんてできない。
友達を夕食に呼べる家庭に日常的な虐待なんて起こらない。
そんな中で一生に一度しかない子育て忙しくも楽しい日々を過ごせた。
でも現実は最悪だ。
こんな社会で子供を育てるとしたら悪夢のようだ。
子供同士で喧嘩して譲り合い世間を学んでいく。
こんな事すらできない隔離社会で子供なんて育てられるわけがない。
俺には想像すらできない。
日本は貧しい国になったもんだ。
これこそが本当の危機だと思うのだが。
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それから、家に帰っても誰もいないことが、更に問題を引き起こしていると思う。
家庭に母親を取り戻す為にも(別に父親でもいいんだけど)
ワーキングシェアを推し進めることで、昔のように「内職する母親」のような仕組み作りが必要だろうな。