
人に言われたことや、
ちょっとしたことで
すぐ怒ったり、
文句を言ったりすると
「そんなことぐらい
気にしなければいいのに
『器が小さい』ね」
と言われ
『自分は小さいのか…』
と落ち込むことはないでしょうか。
そもそも
なぜ怒るのでしょうか。
その人の行動が許せず
我慢できなかったからですよね。
それにかぶせて
『器が小さい』
などと言われると、
(ぐぬぬ…)
となってしまいます(笑)
『器が小さい』こと
僕はこれを男として恥と思っていました。
しかし、
そうじゃないんです。
器はすでに満杯なのです。
もう何も入りません。
そのオーバーフロー分が
ちょろちょろ、ちょろちょろ
絶え間なくこぼれ落ちて
しまっているのです。

そして、ことあるごとに
噴出してしまいます。

歳をとって頑固な人が多いのは
長い間いろいろ我慢して、
自分の意見を否定されては
相手に迎合し、
言いたいことを吐き出せなかった結果
もう器が満杯なのだと思います。

受け入れられない
許容量以上のものは
どうするか?
外に出すしかありません。
それを一旦、全部からっぽにしないと
元の器の大きさには戻らないのです。
からっぽにするには
自分の今までの常識を
全部ひっくり返さなければ
ならないでしょう。
今までして来た我慢をなくすこと。
仕事、
環境、
お金、
人間関係、
やりたいこと、
やりたくないこと
全て
……………
『器が小さい』こと
僕はこれを男として恥と思っていました。
我慢もかなりして来た方だと思います。
しかし我慢の限界が来たとき、
行動が生まれました。
まず自分を逃すこと。
すぐに全部をひっくり返せないと思いますが、
仕事と環境はすぐに変えられます。
我慢ならなければ
とにかくそこにいてはいけません。
我慢をしない。
我慢の反対は
放漫?
奔放?
我儘?
ここでいう
「我慢」の反対は「許す」です。
我慢しない自分を『許す』こと。
そして、ダメな自分を『許す』こと。
そう、
「器が小さくていいんだ」
ということを許して
『俺は器が小さいぜ!』
と堂々と言えばいいんです。
器が小さくても
その時に捨てていけば
器にたまりません。
器が大きくなくてはダメ
という自戒や拘りを捨てた分、
心にも余裕ができるでしょう。
怒るということは
その人を許せないと思うからです。
自分を許さなければ人も許せません。
ですから
人を許すことが器が大きいということに
繋がるのでしょうね。