中の下、くらいだろうか。
食べ物に困ったとか、
風呂には入れなかった、
とかはない。
家が狭かった。
家族4人で2K住まい。
兄とは7つ離れている。
両親共に働いている。
借金あり。
母の口癖がお金がない。
物心つくころには、わたしの家は貧乏なのだと強く思っていた。
外食の話になると、家のご飯の方が好きと言い金を使わない方法を子供なりに考えた。
習い事なんてとんでもない。めんどうくさいと言って避けてきた。
兄が私立の高校に推薦で決まったとき、わたしは家庭の負担を考えて都立に行かなければと自然に思い込んでいた。
兄が浪人決まったときにわたしは絶対にしないと誓った。
兄が私立の大学に入ったとき、わたしは国立に行くと決めた。
高校は無事都立の進学校に。
大学は叶わず私立だったが、やりたい勉強ができて学費が安く、言えば悪くはないんじゃない?というところに行った。というか試験費を抑えるためにそこしか併願しなかった。
自分で稼ぎながら浪人したいと言ったらなんやかんや言いくるめられた。
実際貧乏というより感覚が貧乏だった。
高校入ったら働けると、楽しみだった。
何かにつけて金を使う兄が許せなかった。
その分わたしが節約しなければと考えた。
習い事したことなければ塾にいったこともない。
家が狭いから自分の部屋などなく、ヘッドホンに閉じ籠り、なんとか一人になろうとした。
両親、とくに母とは感覚がずれていた。考え方の根本が違い、相談事なんて無意味で、いつからか自分ですべてを完結させていた。
狭い家で、暖かさは感じなかった。家族は足枷だった。
両親が田舎の出で、大学は出とけという考えだった。
金銭的にも精神的にも援助はしてくれないというのに。
精神的自立は早かった。早すぎて家にいるのが苦痛だった。
うつをカミングアウトした時、なんの協力もなかった。
薬なんて飲むな。
気の持ちようだ。
仕方ないから自分で調べようと図書館で本を借りてくれば、そんなもの読むからいけないと言われる始末。
そのくせ子離れできない親で、一人暮らしのわたしの部屋に勝手に入ってきた。
限界が重なり自殺を図り、ようやく気がついたらしいが、離れて暮らす今も薬に頼るな発言連発。なんでそんなになる前に話してくれなかったのと言う。
てめぇが聞く耳持たなかったくせに。
もし精神的な病みを勝手に定義していいなら、小学生の頃には壊れていた。
戻りたい過去なんてない。
今が一番ましだ。
写真は嫌いだった。つまらない自分を後に残す意味が分からなかった。だからわたしの写真はほとんどない。それでいい。
これから幸せになれるかな。
わたしに子供がもしできたら、わたしのようにはしたくない。
子供は子供らしくあるから、大人になれる。