改めて思うんですが、人類の贖いのためとはいえ、イエス・キリストが迫害されて処刑されたのって理不尽ですよね。

 

そして、イエスさまの弟子である十二使徒も、伝道活動をしていくけど、ヨハネ以外は迫害されて悲惨な末路を迎えてるんですよね…

 

そして暴君ネロの策略により、キリスト教信者は散々差別され理不尽な目に遭わされるし…

 

何とも言えない悲しい気持ちになります…。

 

ここまでひどい迫害ではないけど、現代の「スピリチュアル叩き、スピリチュアル貶め」も似たようなものを個人的に感じます。

 

イエス様は「出る杭は打たれる」ですよね。

 

何か新しい概念、そしてそれが人々の心を掴んで広まっていく時。

 

それを危険視して潰そうと、叩いたり迫害する。

 

こういう動きが起きやすいんでしょうね。

 

イエス様は奇跡の力で多くの人々を救い、そして新たな教えで人々に救済の道を示したけど。

 

スピリチュアルも似てる面があると感じます。

 

 

イエス様は律法遵守のパリサイ派に危険視され迫害を受けましたが。

 

スピの場合は「目に見えるものや科学だけが正しい」という人が主に危険視してますよね。

多方面から叩かれてますが(笑)

 

最近だと生成AIも目の敵にされやすく敵視や危険視する人が多いですよね。

まあ問題もあるから仕方ないでしょうが(著作権の問題など)

 

人間って潜在的に変化を「危険」とみなす本能があるという話も聞きます。

 

だから新しいものは潜在的に変化への抵抗や恐れが出やすいから、危険視して排除したくなる動きが出るのかもしれないですね。