子曰く、三人行くときは、必ず我が師有り。
その善なる者を択びて之に従い、其の不善なる者は之を改む。

<何を学ぶべきか>
わずか3人で事を行うときにも、そこに自分の先生がいる。その良いところは自分も見習い、良くないところは自分にもないか省みて改めることができる。

冉求曰く、子の道を説ばざるに非ず。力足らざるなり。
子曰く、力足らざる者は、中道にして廃す。今女は画れり。

冉求が「私は先生の説く道を行うことができたら嬉しいと思うのですが、自分には、それを行う力が足りません。」と言った。先生は「そうではない。力が足りなければ途中でやめてしまうことだろう。お前は、行いもしないで自分にはできないと決めているだけだ。」と。

林放曰く、礼の本を問う。子曰く、大いなるかな問いや。
礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹なれ。喪は其の易まらんよりは、寧ろ威め。

「礼」は人の目立つようにするよりは、つつましくあれ。お葬は、少し行き届かないところがあっても、悲しみ悼むまごころがあるほうがよい。