第30回党大会の議題と日時を決定した九中総が終わり、いくつかの決議も発表された。相変わらずだなという印象だ。一つだけ、現在のとくに居住支部の問題にしぼってコメントしておきたい。

 

 九中総の決議「中央委員会総会としての応答」を読む限り、現在の居住支部の問題を中央が理解しているようには思えない。

 何より大きな問題は、所属党員の属性(経歴)の違いが大きく、それが活動の活性化の妨げになっていることである。リタイアした中小企業の社長、飲食店を営んでいる人、リタイアした元労働組合員、アルバイトを続けている年金生活者、生活相談からのつながりで入党した人、ごくまれに現役労働者、ごくごくまれに青年労働者、と実にさまざまである。普通に考えて話は合わない、時間も合わない、場合によってはパワハラや衝突も起きる。

 結局、〝前衛党〟らしく、元気はいいが体力は衰える一方の、かつての革新高揚期の活動家たち=党の中の〝前衛〟たちが主体となった〝惰性〟による活動が続く。〝前衛〟たちが元気だった頃はそれなりにうまく回っていたのだが、彼らの気力・体力が衰えたいま、新入党者や現役世代などの少数派が置いていかれていた実態と弊害がますます先鋭化している——「入党した党員を結集しきれていない苦労や悩み」(九中総の決議「中央委員会総会としての応答」より)というのはそういうことである。中央や中間機関が支部任せにして問題を放置してきた結果なのである。

 さらにこうした問題に拍車をかけているのが、職域党員が居住支部に転籍してこない問題である。もともと居住支部は年金生活者が多いが、そのうち比較的若い党員が補充されいため、支部が超高齢化しているのだ。定年を控えた党員たちの多くは地域には転籍したくないという。現役時代の職域支部でのつながりを維持したまま、非公式の私的会合を開催している例もある(〝同窓会〟である)。こうしたことは心情的には理解できる。年をとってから慣れ親しんだコミュニティを離れ、よく知らない人たちのコミュニティに入ることは簡単なことではない。たとえ転籍したとしても、未結集となる確率が高い。

 こういう背景があって、党支部に居場所がないと感じた、つまり既存の党員コミュニティになじめなかった未結集の離党者・除籍者たちが生まれ、自然減を補う程度の党員拡大をしても、それと同程度の離党・除籍者を出すことになってしまっているわけである。この問題を解決しない限り、「躍進期間」の目標達成といったお題目も虚しく響くばかり、現場の視点でみれば、まさに〝賽の河原の石積み〟にしかならない。

 では、「中央委員会総会としての応答」ではどういう答えを出しているのか? 「みんなが楽しく生き生きと参加できる支部活動をどうつくるか」として以下のように語られている。

 

党員の結集が強い支部に共通しているのは、新入党員教育を支部で行い、会議で学習の時間を必ずとること、支部委員会を確立していること、新入党員の得手や条件を生かした要求運動や後援会活動、「集い」、SNS発信などの活動を、ベテランも若い世代も互いにリスペクトしあってすすめていることなどです。

 

 これらができる条件や力量のある支部がどれだけあるのだろうか? 高齢化かつ縮小中のほとんどの支部にとっては何のヒントにもならないのではないだろうか。支部任せではなく、中間機関がイニシアチブをとって支部横断的に取りくまない限り打開はできない。具体的には、新入党者もそうでない党員も、なじみやすいあるいは関心のある活動や集会や学習会に日頃から参加できるようにする、あるいは定期的に開催する単なるお茶会みたいなものでもよい、そういう形をとるほかないだろう。支部を越えた後援会や●●委員会、▲▲班のようなものを多数つくり、属性が近い、同じような活動に関心を持っている、同じ趣味を持っているでもかまわない、そういう党員同士が集まれる場を作り、どの党員もどこかに参加している状態をつくりだす。

 このような激変ともいえる改革はむずかしいなら、手始めに一支部二十人以上にしなければならないといったルールを決めて近隣の数支部を合併させ、属性の近いもの同士や時間の合わせやすい者同士で班をつくるというのでもよいだろう。いずれにしても、組織的再編ぬきには現状打開は不可能である。

 

(2026/9/11 管理人)