7中総については「神谷貴行のブログ」を読んだ後では、これに付け加えることはない(消費税減税については少々意見が異なるが)のだが、この中からちょっとばかり拾っておこう。

 

 特に、立憲民主を「自民党政治の軍門に下った」として、中道を

 

高市政権と対抗する立場はなく、補完勢力であることを自ら公言しています。

 

と規定したことは、維新や国民民主と同じ規定をしたことになります。

 中道が「反動ブロック」を形成する側に行ってしまったという意味でしょうか。

 立憲が左派・リベラルポジションからいなくなったことを強調したいがあまり、表現や規定が過剰になっていると思います。

 

 志位氏にあっては、表現あるいは規定のブレは今にはじまったことではない。彼のスタンスは、ただひたすら先輩の宮本顕治や不破哲三がやってきたことを「学習」し、彼らの言動のうち現情勢に適応できそうなものを当てはめるというものだ。まあ先輩のモノマネは大目にみたとしても、困ったことに彼には、「裏切りは人間の行為の中でも最も卑劣な行為の一つだ」という言葉にみられるような時として政治的判断に個人的感情的な要素を持ち込むという悪いクセがある。

 個人的な恨みつらみを政党内部(人事)に持ち込むとどうなるかは、スターリン時代のソ連共産党をみればよくわかる。レーニン死後スターリンが独裁的な権力を握るまでは、党内の論争は党外へ持ち出してはならないという規定もなく、実際にあちこちで大っぴらな論争があった(当時ソ連に滞在していた袴田里美の『党とともに歩んで』にもそのような記載がある)。それがなくなりスターリン独裁を確立するのはスターリンが宿敵トロツキーを追放してからのことである。明々白々な〝 反党行為〟をしたわけでもない者を党から追放する行為はスターリン流「民主集中制」そのものであり〝個人独裁〟への道を開くことにほかならない。

 

 「反動ブロック」と言えば、今回の7中総には「反動ブロック」やその形成に反対する共同という規定が消え、代わりに「憲法を真ん中にすえた共同」というものに置き換わってしまっています。

 志位和夫氏は盛んに「21世紀の反ファシズム統一戦線だ」と言って回っていますが、ヨーロッパで行われたのは、共産党の不倶戴天の敵だった社民党やブルジョア政党と手を組んでファッショ政党を孤立させたのが「反ファシズム統一戦線」であって、「ほとんどの勢力がファシズムの方向に向かっていくのに対して、左派だけがごく少数で抗する」が「反ファシズム統一戦線」ではありません。それは「大政翼賛会のもとで反戦平和を貫いた戦前の日本共産党」でしかなく、どうも志位氏は後者でイメージしているんじゃないかと思います。

 

 不破氏が「大粛清」移行のソ連を社会主義とは無縁と規定したとおり、スターリン自身は「反ファシズム統一戦線」などどうとも思っていなかった節があるが、にもかかわらず史実としてスターリン体制は「祖国大戦争」後に絶頂を迎えた。志位氏が「21世紀の反ファシズム統一戦線だ」というとき、彼は反動攻勢ののちに日本共産党が再興することを夢見ているのであろう。

 では「祖国大戦争」に相当する闘いを日本共産党が展開するのかといえば、「文春」に「共産の志位和夫議長が不出馬 本当の理由は『落選危機』か?」と書かれるくらいだから、志位氏自ら闘いを放棄してしまっているとみなされても仕方あるまい。

 もっとも日本政治の反動化が進んだ後、世論が左に振れることはかなりありうる話ではある。その場合、神谷貴行氏も指摘するように、日本共産党が受け皿になるためには、ある程度の勢力を保持しておかなればならない。

 

 ただ、私としては共産党が組織改革を行う方が先だと思っています。今のままの体質では党自体が萎んでしまう危険性があり、また、国民にも支持されない可能性が高いからです。 

 

 X(旧ツイッター)を眺めているだけでも、今の日本共産党内に〝亀裂〟があることは明らかであるが、それらは現指導部が作り出しているのだという自覚が彼らにあるだろうか? 意見の相違があるときに、意識的にせよ無意識的にせよ、一方に肩入れしたり他方を追放ないし放置したりした結果が現状のさまざまな問題となっているのである。

 こうしてみてみると日本共産党はお先真っ暗であり、その第一責任者である志位氏への批判ばかりになってしまうところであるが、その彼にも評価できる点がなかったわけではない。

 

 ただ、日本共産党は「一つの中国」論をかつては「堅持」する立場でしたが、昨年12月3日の志位インタビューを契機に日本政府と同じ「理解し尊重する」論に変わりました。中国の言い分としては聞くけど、自分たちは必ずしもそうではないよ、というニュアンスです。そうした中で「台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべきです」という文言はもし台湾住民が独立を表明したら、それを尊重せよという主張です。事実上、「一つの中国」論を転換させたと言えます。

 この立場自身も前から日本共産党は言ってきましたが、それを重点政策に押し出したことは画期的なことだと思いました。

 

 不破氏が事実上引退して以後、志位氏は中国共産党への〝忖度〟を排除してきた(不破氏にならって何事も慎重にゆっくりと進めるという具合ではあり遅きに失した感もあるが)。そして今回、彼が立候補しないことによって、今後の党を田村委員長らに託すというならそれでもかまわないが、彼女らが志位氏らに〝忖度〟しないで済むよう、罪滅ぼしとして、志位氏や市田氏、浜野氏ら長老たちの影響を排した「日本共産党再生委員会」のようなものを立ち上げるくらいはやっておくべきであろう。

 

2026/1/30 管理人