2023年12月1日付『しんぶん赤旗』に、組織局長土方明果名で「除名処分された人物による党大会かく乱策動について」(11月30日)というおどろおどろしい題名の声明が掲載されている。

 ここでやり玉に挙がっているのは、党規約に違反したとして除名処分にされた松竹伸幸氏の言動である。そもそも、この除名処分自体が、出版社の編集者として共産党批判の複数の著作を同時期に出そうとしたことを「分派活動」とみなすという極めて牽強付会な根拠によるものであり、したがって除名処分としてまったく不当きわまりないものである。松竹氏は、党大会に自己の除名処分に対する「再審査」を規約に基づいて求めているが、それと同時に、この処分の不当性を代議員として訴える機会を奪われているので、良心ある党員に対して、代議員として党大会に参加して、除名反対の意思を表明するよう求めている。

 組織局長名のこの文書は、このことに対して、「党内に自らの同調者をつのることを公然と宣言し」と、まるで、同調者をつのること自体が悪であるかのような言い方をしている。何らかの意見に関して「同調者をつのる」ことは、文字通り民主主義のイロハであり、そのこと自体に対してこのように否定的立場を表明しうるとは、まさに共産党が民主主義とは無縁の政党であることを物語っている。

 しかし、この組織局長による文書の核心はそこにはない。重要なのはその続きである。松竹氏が、その際、この立場(除名に反対する立場)を公然と表明すれば当然にも代議員には選ばれないので、その立場を必ずしも明示せずに代議員に選ばれるという選択肢もあることを示唆していることを、この11.30文書は「かく乱策動」であるとして指弾している。「要するに、松竹氏は“自分の本心を隠して党大会代議員になり、大会の場で公然と批判せよ”という工作を行っているのです」と述べ、それを「党外から、わが党の自律的ルールである規約を破壊する行為」、「たいへん卑劣なやり方」、「卑劣な党破壊とかく乱の行動」、等々と最大限の言葉を使って非難している。

 この道徳的「怒り」は政治的にきわめてナンセンスなものである。党内の支配的意見に会議等で堂々と反対しても弾圧されたり攻撃されたりしないという最低限の民主主義的雰囲気が党内に存在するのなら、誰もあえて隠したりしないだろうし、松竹氏もこんなことは言わないだろう。さらに、少数意見が本当に党内で尊重されていて、むしろ少数意見だからこそ代議員に選出され、党大会にその少数意見を反映するべきであるという高度な民主主義的意識が党内に存在するなら、少数意見の持ち主はむしろ積極的に党内で少数意見を表明しようとするだろう。しかし、残念ながら、党内には、先に述べた最低限の民主主義的雰囲気は存在しないし、ましてや、少数意見を尊重する高度な民主主義的意識はまったく存在しない。それどころか、反対に、まさに今回の松竹氏の除名や鈴木元氏の除名に見られたように、少数意見の持ち主であること自体が党内で否定的に扱われ、まるで裏切り者であるかのようにみなす全体主義的雰囲気が党内に横溢しているのであり、この組織局長名文書もまさにそのような雰囲気を助長するものに他ならない。

 代議員に選ばれるために、党員が本心を隠さなければならないとすれば、それは、その党員が卑劣だからでも、党破壊者だからでもなく(そもそも、代議員に選ばれて、党大会で少数意見を述べることがどうして党破壊につながるのか?)、共産党内の民主主義がまったく機能していないからである。非難すべきは、自分自身、党自身であって、松竹氏ではないし、本当の意見を隠さざるをえない党員でもない。それどころか、ほとんどの党員が、日常的に、自分の本心を隠しながら活動をしている。残念ながら、それが共産党という組織の特徴なのである。土方氏自身もそうかもしれない。このような馬鹿げた文書を自分の名前で発表することに、内心忸怩たるものを覚えている可能性さえある。

 土方文書はさらにこう言っている。「党外から党規約を破壊する行動を行いながら、党規約を根拠に自分の『除名の再審査』を要求する。このようなご都合主義というほかない態度は、どの世界でも通用するものではありません」。いや、ご都合主義なのは、党員が自己の本心を隠さざるをえない党内状況を一貫してつくり出しておきながら、そのことをまるで「鬼の首を取った」かのようにあげつらう党指導部自身である。卑劣なのは、絶対に少数意見の持ち主が党大会の代議員に選ばれないよう全力を尽くしながら、少数意見を党内で発表する権利があるなどとうそぶく党指導部である。

 土方文書は最後に次のような恐るべきことを言っている。「松竹氏が行なっている卑劣な党破壊とかく乱行動は、『除名の再審査』を求める資格そのものを厳しく問うものとなっているといえましょう」。この最後の一文は、形式的な「再審査」さえ、その資格を欠いているとして否定しようとする党指導部の意志を示すものなのだろうか? もしそうだとすれば、すでにすっかり形骸化している党内民主主義をいっそう形骸化することになるであろう。そのようなことをしないようわれわれは強く求める。

 

2023年12月1日 一党員