また1週間空いてしまったので、再び私の過去の読書メモから。今回は、市田副委員長などの党幹部も推奨していた萩原伸次郎著『金融グローバリズムの経済学』の書評(共産党批判は含まない)。私はこれを株主資本主義の生い立ちの記録として読んだ。


 本書は戦後のアメリカ経済の遷移をコンパクトかつ初心者にもわかりやすく解説している。ほぼアメリカの話ではあるが、10年から20年遅れで日本もアメリカを追っているので、米国経済の話ではなく日本経済の話としても理解できるはずだ。
 

 「直接投資とサービス貿易の自由化問題は、1986年9月、レーガン政権下において開始されたウルグアイ・ラウンド交渉において、その議題として持ち込まれ」、これが1995年のWTOの設立として結実する。
 1990年代のクリントン政権から、株主資本主義が本格的に形成され始める。「機関投資家によって保有されている株式の百分率は、1946年5.3%、1966年15.1%」だったが、「1971年に31.0%、1986年には43.3%まで上昇し、2001年には49.1%にまで上昇」した。本書にはないが、この数値は2017年には80%に達する。ちなみに現在の日本は、内外の機関投資家合わせて保有率は60%程度と思われるので、すでに2001年時点のアメリカを超える株主資本主義の水準にある。
 「アメリカ金融機関の保有資産において、商業銀行の占める比率は、1960年の38.2%から1990年の28.2%に低下」、「一方、年金基金は、同じ時期にその資産額を9.7%から21.5%に上昇」、「投資会社も同じ時期、2.9%から10.5%に上昇」、その後もこの傾向は続き、機関投資家が商業銀行を圧倒していく。
 

 「アメリカ多国籍企業は…(略)…ひたすら低賃金を求めて自らの生産設備を中南米、アジアの発展途上国へと移動させた」。「この傾向は、1980年代前半、いわゆる『ドル高』の時期に急激に展開」、「その後、1985年プラザ合意を経て『ドル安』に転換後も、企業内国際分業の形成、グローバル・サプライ・チェーンの形成を通じて、今日に至っている」。
 これを日本と重ねれば、日本の多国籍企業は、1990年代前半の「円高」の時期に低賃金を求めて自らの生産設備を中国とアジアの開発途上国へ急激に移動させ、2010年代前半のアベノミクスをへて「円安」に転換後も、ひきつづき企業内国際分業の形成、グローバル・サプライ・チェーンの形成を通じて、今日に至っているのである。
 

 格差問題については、「1972年から1990年にかけて、平均実質賃金は18%も減少した」が、「ある程度の家計所得の減少にとどまっているのは、夫婦共働きの家庭が急増し、かろうじて家計所得の急減を阻止しているからにほかな」らない。
 これはまさにバブル崩壊後の日本にあてはまる。「実質ベースでは1980~90年の平均成長率は4%程度の伸びであったが、90年代前半以降伸びが鈍化し、2000年以降の平均成長率は0.3%程度となっている」(内閣府「日本経済2018-2019」より)。失われた20年、失われた30年とよくいわれるが、何のことはない、アメリカ経済を20年近い遅れでたどっているのである。
 

 第4章のタイトルは「金融グローバリズムを乗り越える戦略はあるのか」となっている。その一つは金融封じ込め政策として、モラル・ハザードの生じにくくなる金融制度改革(銀行持ち株会社の下での銀証分離)、そして「賢明な政府」として「所得税の累進性の強化」があげられている。また、「賢明な政府」の「中長期的課題」として、「潜在的成長能力を増大させ、いかにして持続的経済成長を図るのかがある」とする。なお、「『もう経済成長は必要ない、重要なのは分配だ』とする議論がありますが、それは間違い」で、「なぜなら、これは日本も同じですが、国の財政赤字が深刻な状況では、GDPの成長は、税収を上げる基本条件だから」だ、とする。これもそのとおりであるが、成長に占める化石燃料消費弾性値を下げるという条件を付けくわえておきたい。


 著者は最後のまとめの章で、「金融グローバリズムが横行する不安定極まる社会から、『ルールある経済社会』を創出するにあたって、全国一律の最低賃金の大幅上昇の意義は、極めて大きい」とする。これに「労働時間の短縮」も付けくわえてほしいところだ。現在、大阪万博のパビリオン建設にあたって残業規制適用外に、という声も出ているが、この分野で遅れている建設業界の改革はまったなしであり、例外を許してはならない。
 

管理人(2023/8/10)