ついに『日本共産党の百年』(以下、「100年史」と略記)が完成したということで、志位委員長が7月25日に大々的に記者会見を行なった。まずはタブロイド版として発行され、今年の10月には書籍として発表されるとのことである。われわれはまだそのタブロイド版を手に入れていないので、その内容を確認できていないが、入手しだい、じっくり読ませていただいたうえで、適宜論評しようと思う。

 今回は、志位委員長の記者会見の特徴についてだけ若干論じておきたい。まず分量だが、志位氏によれば、この「100年史」は20年前に出版された『日本共産党の80年』と同じ分量になるようにしたという。この『80年』自体が、それまでの『日本共産党の70年』や『日本共産党の65年』などと比べて極端に分量が少なかったのだが、それから20年経って、単純に考えても20年分の新たな記述が必要になっているにもかかわらず、全体としての分量が変わらないということは、その分、あちこちが大幅に削られたということになるだろう。

 日本共産党の100年という大きな節目を迎えたのだから、本来なら、これまで十分には切り込めなかった過去のさまざまな出来事を、100年の高みに立って深く考察することが求められている。それにもかかわらず、2002年以前の歴史に関しては分量的に80年史よりも圧縮されたものになるというのである。これでは、共産党の過去の歴史が深く掘り下げられている可能性は最初から除外されていると言えるだろう。

 戦前戦後の激動期における共産党の活動については、志位氏の記者会見を見るかぎりでは、当時の共産党の内在的弱点という観点からの考察はほとんど皆無で、もっぱら外からの弾圧と反共攻撃という観点から論じられているようである。

 1980年代以降における日本の新自由主義化の中で決定的な役割を果たしたのは、1980年代半ばにおける国鉄の分割民営化と、1990年代初頭における「政治改革」と小選挙区制の導入、そして自社連立政権による社会党の崩壊だが、志位委員長の記者会見ではこれらのことにいっさい触れられていない(社会党という言葉も、「社公合意」との関連で一度しか登場していない)。具体的に日本政治の右傾化と現在の閉そく状態をもたらしたこれらの歴史的事件がまったく位置づけられていないのである。もちろん、「100年史」の本文では触れられているだろうが、委員長の記者会見で言及されていないということは、志位氏が理解する戦後日本政治史におけるこれらの位置づけが極めて低いということがわかる。

 全体として、志位史観にあっては、共産党の正しさと努力とによる前進と、反共勢力や外国勢力による攻撃という単純な図式が支配的である。志位委員長はこれを「階級闘争の弁証法」とか「政治対決の弁証法」という大げさな言葉で呼んでいるのだが、その内実は凡庸きわまりない「勢力論」である。

 志位氏は、わが党はけっして無謬論に立っていないと豪語するが、彼らが認める誤謬が、主として1961年の8回党大会におけるいわゆる綱領路線確立以前のものに依然として限定されているのか、それとも、綱領路線確立以後、とりわけ、志位が委員長に就任した以降の時代における何らかの誤謬(中国の評価のような外的な問題ではなく、党指導部の方針・指導における誤謬)にもメスが入れられているのか、興味深いところである。おそらく触れられてさえいないだろう。

 今回の志位委員長の記者会見を見るかぎりでは、鳴り物入りで発表された今回の「100年史」に大した期待は持てそうにないということは言えそうである。もちろん、「100年史」がそのような予想を裏切るものであることを心から願っている。

 

2023/7/26 一投稿者