前回の更新より1週間以上空いてしまったので、私の読書メモに手を入れて間を持たせることとしよう。まずは現行綱領についての検討の一環として、2020年の綱領改定についてである。
2020年の綱領改定は、積極的に評価できる理論的画期があり、日本共産党の従来の世界認識、時代観をも大きく転換させた。日本共産党はこの綱領改定で、世界に社会主義国ないし社会主義をめざす国は存在しないこと、したがって戦後コミンフォルムの「二つの体制の共存」という理論的枠組では世界を見通せないことを認め、「発達した資本主義国での社会変革は、社会主義・共産主義への大道である」とした。
この理論的転換は、2004年の綱領改定時に、党内に反対意見が多数あったにもかかわらず、中国などについて以下のような誤った規定をしたことからはじまる。
今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が一三億を超える大きな地域での発展として、二一世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしている。
党指導部がこのような規定を入れたのは、中国共産党との関係改善(1998年)とその後の交流を通じてであった。当時の委員長であった不破氏は、中国などの経済政策をレーニン以来の「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みだとみなしたが、中国側の関心は、もっぱら経済成長を通じて先進国のような“豊かな”国をめざす「発展モデル」の追求にあった※2。
中国共産党にとって「社会主義」とはプロレタリア独裁(あるいは人民民主主義独裁)という名の事実上の共産党一党独裁であり、この独裁のもとで生産力を極大化し「分配」を通じて国民を豊かにすることが「社会主義強国」化だ。
一方、わが党の理解では「社会主義」の内実は、政治体制や「分配」よりも社会的生産活動のあり方(生産諸関係)、つまり経済活動のあり方の中にこそあるとする。自然の自己復元力あるいは地球規模の物質循環の範囲で(現代的に言えば“持続可能な”範囲で)「人間と自然との物質代謝」=社会的生産活動をおこなうこと、それを搾取も差別もない真に平等で自由な人間同士の関係性のなかでおこなうこと――それが「社会主義」である。
このように理解した「社会主義」を目指すならば、「出発点の遅れという問題」を差し引いたとしても、政治形態として他の政党も認めなければ内部に分派も認めない完全なる「共産党一党独裁」など、そもそもありえないはずなのである。
こうして、この2004年の規定は綱領としての生命力を何ら発揮することなく、「手かせ、足かせに転化し」、中国共産党との関係悪化をへてようやく2020年の綱領改定で削除されることになる。(つづく)
※1:2020年5月に出版されている(定価1,210円)が、今のところ、日本共産党中央委員会のサイトで全文読めるようになっている。
※2:不破哲三著『激動の世界はどこに向かうか』(2009年)に記されている中国側の質問をみれば、彼らの関心がどこにあったのかよくわかる。もっとも不破氏は「市場経済を通じて社会主義へ」の取りくみについて相当に大きな「期待を表明」したものの、中国の「『改革・開放』以後の経済的成功」については、「資本主義に接近したことによる成功と評価するか、社会主義をめざす途上での成果と評価するのか」の判断なども慎重に避けていた(『21世紀の世界と社会主義』2006年)。
管理人(2023/7/16)
