先日開催された第8回中央委員会総会において、志位和夫中央委員会幹部会委員長は、委員長としての自己の在任期間期が長すぎることへの党内外からの批判に対して、それを日本共産党そのものへの攻撃とみなし、全党挙げて反撃するよう呼びかけた。在任期間が長すぎることへの批判は、いわば社会常識としても十分生じうることであるのに、そうした当然起こりうる批判に対してこのように過剰に反応し、日本共産党そのものへの攻撃であるとか、あるいは6月26日付の『しんぶん赤旗』の見出しに踊ったような「革命政党」というレトロな押し出しによって、自己防衛に走ることは、とうてい賢明な対処法とは言えない。

 驚くべきことに、志位委員長はその演説の中で、選挙で議席が後退していること、党勢が後退していることを認めつつ、それはあくまでも委員長たる自分個人の責任ではないとし、個人としての志位が何か重大な政治的過ちを犯したり、品性の上で問題を起こしたりしたわけではないとしている。ここでは、党指導者としての政治的責任と、一個人としての道義的責任とが機械的に区別され、前者はあっても後者はないとしている。これは詭弁であろう。共産党は曲がりなりにも集団指導体制の建前を取っているから、志位個人が、党指導部とは別に何か重大な政治的過ちを犯す余地は、たしかに制度的には存在しない。しかし、だからといって、党としてどれほど議席が後退し、どれほど党勢が後退しても、党の最高指導者としての志位は永遠に個人的責任が問われなくて済むことになるだろうか。志位は委員長の立場にありながら、姑息にも、党全体ないし少なくとも党幹部会の背後にこそこそと隠れているのである。

 委員長は幹部会の単なる一メンバーではない。党そのものを代表し、そしてもちろんのこと、たとえ集団指導体制だとしても、委員長としての実権を行使しうる立場にある。一幹部会メンバーの発言と委員長の発言とがまったく同等の重みを持つことということはない。委員長は幹部会での討論や活動を指導し、したがってまた、そこでの結論と方針そのものに関して最終的に責任を負う立場にある。選挙で立て続けに後退し、党勢も、委員長としての在任中、一貫して後退し続けていることの政治責任が、委員長個人に及ばないわけがない。そしてこのような退潮の中で、「130%の党勢拡大」というとうてい実行不可能な方針を幹部会で決定し、それを全党に号令した責任が、委員長個人に問われないわけがないのである(ちなみに、この総会でも、この目標達成に向けてさらなるがんばりが呼号されているが、むなしく響くのみだ)。

 志位の委員長としての在任期間はすでに23年に及ぶ。これは不破哲三の在任期間18年を優に超える(不破の場合、そのうちの2年間は副議長)。2000年、不破は政治家としても理論家としてもまだ十分元気な時に、委員長職を志位に譲って、自分は党議長になり、スムーズな幹部交代を果たした。そして、2006年には議長もやめて、社会科学研究所の所長に退いた。政治的能力が完全になくなるまで最高幹部の地位にとどまるという世界の共産党の通常の歴史的慣例に、不破はしたがわなかったのである。それはある種の勇断だった。そしてそれ以降、志位は、共産党においてはじめて単独の最高指導者になった。

 問題は、志位が、不破と違って、23年にも及ぶ自分の長い在任期間中に次の指導者を何ら育成してこなかったことである。本来は、書記局長に理論家的能力を持った若いすぐれた後継者を指名して、新しい世代の幹部を育成しなければならなかったのだが、志位が委員長になった2000年に、志位に代わって書記局長になったのは、志位よりもはるかに高齢の市田忠義だった。当時、この人選に多くの党員は驚いたものだ。これが志位個人の意志だったとは思わない。おそらく不破が、まだ若い志位を心配して、市田のような超ベテランの党幹部を補佐につけたということかもしれない。しかしその後、市田の後に書記局長になったのは、山下芳生(2014~16年)と小池晃(2016~現在)であり、どちらも1960年生まれで、1954年生まれの志位とあまり年齢の変わらない人物であった。そして、どちらも理論家タイプではなく、実務家タイプの政治家だった。共産党は科学的社会主義の党を名乗っているのだから、マルクス主義や世界史にも十分通じているすぐれた理論家タイプの党指導者を育成し、その人物に党活動の指導や国会議員としてのスキルをも身に着けさせる訓練が必要だったのだが、志位時代、そうした努力は何ら行なわれなかったのである。

 次の党大会であるいは志位は委員長を退任し、新しい委員長としては、現在、党のホープとみなされている田村智子や山添拓あたりが指名されるかもしれない。だが、「長すぎる」という批判を党内外でさんざんされた後に、ようやく交代するというのは、対外的にも何とも格好が悪い。「長すぎる」批判が当然出ることさえ予想できず、ずるずると志位委員長体制を23年も続け、挙句の果てに、この当然の批判が党内外から出てきたら、今度はそれを日本共産党そのものへの攻撃だと断じるのは、牽強付会もはなはだしい。このような余裕のない対応こそ、志位委員長の在任期間が長すぎたことによる党そのものの動脈硬化を示しているのである。

 

2023/6/27 一投稿者