焦っていた。気がつくと、僕は岐阜に居るまま26歳の春を迎えていた。このままではいけない。僕は長年封印していた人生の夢に懸ける決意をした。東京へ出る。……書いてしまえば簡単なことだ。新幹線に乗れば2時間かからない。それでもここに至るまでには長い長い歳月が必要だった。僕は覚悟を決めた。自分の意志で自分の進む道を決める。この時の僕にとって、それが一番大切なことだった。
僕は真っ先に、東京の草野球チームを探した。まだ岐阜にいる時点で、ドラフト外での入団が決まった。親に東京へ出る意志を告げた。小説家になりたい。それも伝えた。反対だった。上京も職業も。当たり前である。人として何の実績もなく、社会経験も乏しく、ひとり暮らしの経験もない。息子のことを想うからこその両親の正論だった。
冷静な両親を、無謀な僕の行動が動かした。僕は独り東京へ行き、下宿先を決めてきてしまったのだ。生活の糧の目処をつける前にである。僕にはもうこのタイミングしか残されていなかったのである。息子が本気だということに両親も気づき、最後は賛成して、快く送り出してくれた。
東京で初めて入団したチームは「マイティーダックス」。学生主体の若いチームだった。26歳で世間一般にはまだ若いはずの僕もチームでは最年長だった。残念ながらチームには既に背番号6がいて、途中入団の僕は自分の歳と同じ26番を選んだ。一桁だけは6が入っている。ささやかなこだわりだ。とてもいいチームだった。でも主要メンバーの大学卒業とともにチームは自然消滅してしまった。
しかし当時の監督が救いの神になる。彼はもう1チーム持っていて、そちらに僕を誘ってくれたのだ。ここで僕は念願の背番号6をつけることができた。小学校卒業以来、実に15年ぶりの再会である。チーム名は「グランドスラム」。日本語にすると満塁本塁打である。ドラゴンズと同じく青いユニフォームだった。
ここでも野球の実力では苦労した。でもチーム内で初の満塁ホームランは僕が打ってしまったのだ。滅多にヒットを打てない僕が……である。ここが野球の面白さだ。実力者が必ずしも結果を残すとはかぎらない。こういう番狂わせが起こりうる不思議なスポーツなのだ。
そして今、僕は「東京Crazy9」というチームに所属している。四年目だ。背番号6である。
僕はチャンスが巡ってきた時は落合博満のつもりで打席に入る。ランナーを進めたい時は川相のつもりでバントを試みる。セカンドを守る時は井端。外野なら多村だ。全員、背番号6である。
毎週火曜日に世田谷の大蔵リーグで戦う僕らは、今シーズン1位でリーグ通過した。10月25日がプレーオフの準決勝である。この試合を勝てれば、決勝に進める。念願のリーグ初制覇に向けて、 Crazy9は燃えている。
そう、僕は命懸けで野球をしているのだ。高校、大学時代の後悔を二度と味わわないために。今年、僕は試合を一度も休んでいない。メンバーは仕事の傍ら草野球をしているから、どうしても仕事と火曜日が重なってしまうことがある。だから全ての週に参加するのは、かぎりなく難しいのだ。それでも僕は可能なかぎり野球を優先している。試合がない日は自主トレだ。
いつまで現役を続けられるかわからない。希望は還暦まで現役だが、今は一日一日を大切にし、全身全霊で一球に懸けている。
背番号6はユニフォームの奥深くにまで染み込み僕の背中にくっきりと青春色を残している。
僕は真っ先に、東京の草野球チームを探した。まだ岐阜にいる時点で、ドラフト外での入団が決まった。親に東京へ出る意志を告げた。小説家になりたい。それも伝えた。反対だった。上京も職業も。当たり前である。人として何の実績もなく、社会経験も乏しく、ひとり暮らしの経験もない。息子のことを想うからこその両親の正論だった。
冷静な両親を、無謀な僕の行動が動かした。僕は独り東京へ行き、下宿先を決めてきてしまったのだ。生活の糧の目処をつける前にである。僕にはもうこのタイミングしか残されていなかったのである。息子が本気だということに両親も気づき、最後は賛成して、快く送り出してくれた。
東京で初めて入団したチームは「マイティーダックス」。学生主体の若いチームだった。26歳で世間一般にはまだ若いはずの僕もチームでは最年長だった。残念ながらチームには既に背番号6がいて、途中入団の僕は自分の歳と同じ26番を選んだ。一桁だけは6が入っている。ささやかなこだわりだ。とてもいいチームだった。でも主要メンバーの大学卒業とともにチームは自然消滅してしまった。
しかし当時の監督が救いの神になる。彼はもう1チーム持っていて、そちらに僕を誘ってくれたのだ。ここで僕は念願の背番号6をつけることができた。小学校卒業以来、実に15年ぶりの再会である。チーム名は「グランドスラム」。日本語にすると満塁本塁打である。ドラゴンズと同じく青いユニフォームだった。
ここでも野球の実力では苦労した。でもチーム内で初の満塁ホームランは僕が打ってしまったのだ。滅多にヒットを打てない僕が……である。ここが野球の面白さだ。実力者が必ずしも結果を残すとはかぎらない。こういう番狂わせが起こりうる不思議なスポーツなのだ。
そして今、僕は「東京Crazy9」というチームに所属している。四年目だ。背番号6である。
僕はチャンスが巡ってきた時は落合博満のつもりで打席に入る。ランナーを進めたい時は川相のつもりでバントを試みる。セカンドを守る時は井端。外野なら多村だ。全員、背番号6である。
毎週火曜日に世田谷の大蔵リーグで戦う僕らは、今シーズン1位でリーグ通過した。10月25日がプレーオフの準決勝である。この試合を勝てれば、決勝に進める。念願のリーグ初制覇に向けて、 Crazy9は燃えている。
そう、僕は命懸けで野球をしているのだ。高校、大学時代の後悔を二度と味わわないために。今年、僕は試合を一度も休んでいない。メンバーは仕事の傍ら草野球をしているから、どうしても仕事と火曜日が重なってしまうことがある。だから全ての週に参加するのは、かぎりなく難しいのだ。それでも僕は可能なかぎり野球を優先している。試合がない日は自主トレだ。
いつまで現役を続けられるかわからない。希望は還暦まで現役だが、今は一日一日を大切にし、全身全霊で一球に懸けている。
背番号6はユニフォームの奥深くにまで染み込み僕の背中にくっきりと青春色を残している。