最近、会社で野球論を語ることが多い。いや、野球論というより、野球談義の延長と言ってしまっていいだろう。K氏は野球フリークではないのだが、大の野球ファンの私が充分に楽しめるような野球の豆知識をポケットに忍ばせている。

 例えていうとこんな感じだ。私は野球の話ならエピソードの数や視点にもある程度の自信を持っているが、それは裏を返せば「野球だけ」。つまり経済や歴史の話になってしまうと全くの無知を露呈してしまうのである。対するK氏は、私が全くピンとこない社会の話題でも最低必要限の知識を持っているし、その中で特に詳しい分野も当然持っている。本人はいつもそれを否定するが、その幅広さはなかなかのものだ。

 何が言いたかったかというと、K氏にとって野球は世の中のいろいろな話題のうちの1つであり、私にとって野球は数少ない得意分野の中でもエース級の存在――つまり私がエースを先発に送り、K氏がローテーションの谷間に控え投手を選んでも、両チームは均衡した良い試合を繰り広げることになるわけである。それがK氏の懐の深さなのだ。

 

 そんなK氏は90年代に全盛だった西武ライオンズや、80年代後半の投手王国から90年代前半に若手の好打者が台頭するチームへと変貌した広島カープのファンだ。といっても特定の球団だけを応援する一球団至上主義では全くない。

 私は小学生の頃から中日ドラゴンズのファンで、もちろん毎年ドラゴンズを応援しているが、だからといって球場で相手球団に野次を飛ばしたりは絶対にしない。つまり野球というピラミッドが好きで、その頂上には確かにドラゴンズが居るが、あくまでその野球のピラミッド全体が好きなのだ。
 こういう二人が野球談義を交わすとどうなるか。球団や年代に偏りなく、この時代のこの選手のあのフォームが素晴らしかった――というような玄人好みの話が次々と出てくることになる。
 「非力な選手がホームランを打った時のフォームは美しい」――そんなテーマで話が盛り上がることがある。これは俄か野球ファン同士の会話にはおそらく出てこない話題だ。松井がヤンキースの4番に座りホームランを打った――。清原が500号をいつ打つか――。そういう誰でも知っている内容ではなく、「細かいところまで見てるなあ~」とお互いが自嘲気味の――それでいてちょっと嬉しそうな――笑みを漏らすような話題で1時間もってしまうわけだ。

 

 それぞれに好きな選手は違う。スピードガンの申し子といわれた中日の小松辰雄や、山田久志のシンカーをダウンスイングでライトスタンドに打ち込んだ落合博満、同い年で地元も近いイチロー、横浜の主砲に急成長した多村仁が好きな私。投手としての勝ち方を知っている野茂英雄や、天性のアーチスト秋山幸二、いぶし銀の渋い男・奈良原浩が好きなK氏。でも、その誰の話題になっても、互いに相通じる視点では共感し、知らない部分では「へぇ、そうなんだあ」と納得し、一つひとつの話題が楽しい。
 最近では、広島の天才バッター前田智徳の話がよく出てくる。K氏だけでなく、Y氏からも「前田ってどんな選手なの?」と質問を受けたりする。前田智徳はサムライ魂と近代的な野球戦士の両方の要素を兼ね備えた男だ、と私は思う。落合博満に「天才とは前田のことだ」と言わせ、オールスターの舞台でイチローに「話ができるだけで感激」と言わせた男だ。二人の天才の真ん中にいる前田とは、天才以外の何者でもないだろう。――こういう野球話のイマジネーションが湧いてくるのは、K氏との会話の後が多いことに、最近、気づいた。