10月に余命半年と宣告された末期癌の叔母が亡くなった。
8月の下旬に体調を壊すまでは、30年に渡り一人暮らしをしていた叔母。
体調を崩し、10月に癌の宣告を受け、11月に背骨に転移し下半身麻痺となった。
抗がん剤にも体力が続かず、入院生活と点滴にストレスが増し、
一人暮らしの自宅に帰ることもままならないので、
私達親族が近くにいる有料老人ホームへ移ったのが、1ヶ月前。
余命は1ヶ月と言われていた。
点滴も採血もない、ホームの個室で、食欲も戻り、一時は叔母も周囲も延命を確信したが病状は確実に進行していった。
死の一週間前には兄弟を呼び寄せ遺言をし、
前日に一時昏睡になるまでは、うとうとしながらも起きている時は明晰で、
数口だけども自力で食べ
死の五時間前まで、自力で経口で服薬した。
死に向かった2日弱は、起きていればどうしょうもなく苦しみ、傾眠になる薬で穏やかさを取り戻す。
病院にいれば、昏睡となった後も点滴で数日意識のないまま生き延びたのだろう。
何もしなければ、終わりはあっけないほど早い。
体が壊れ死に向かう時、なぜあんなにも苦しむ必要があるのだろう。
「けど、みんないつか死に向かうのだ。私もそうなるのだ」
8月の下旬に体調を壊すまでは、30年に渡り一人暮らしをしていた叔母。
体調を崩し、10月に癌の宣告を受け、11月に背骨に転移し下半身麻痺となった。
抗がん剤にも体力が続かず、入院生活と点滴にストレスが増し、
一人暮らしの自宅に帰ることもままならないので、
私達親族が近くにいる有料老人ホームへ移ったのが、1ヶ月前。
余命は1ヶ月と言われていた。
点滴も採血もない、ホームの個室で、食欲も戻り、一時は叔母も周囲も延命を確信したが病状は確実に進行していった。
死の一週間前には兄弟を呼び寄せ遺言をし、
前日に一時昏睡になるまでは、うとうとしながらも起きている時は明晰で、
数口だけども自力で食べ
死の五時間前まで、自力で経口で服薬した。
死に向かった2日弱は、起きていればどうしょうもなく苦しみ、傾眠になる薬で穏やかさを取り戻す。
病院にいれば、昏睡となった後も点滴で数日意識のないまま生き延びたのだろう。
何もしなければ、終わりはあっけないほど早い。
体が壊れ死に向かう時、なぜあんなにも苦しむ必要があるのだろう。
「けど、みんないつか死に向かうのだ。私もそうなるのだ」