我が家の人々:脳の傾向違いが子供の頃から出てる | マイノリティのお話

マイノリティのお話

ずっと人前で自分を出せない、自分でいてはいけないのだと思ってました。カウンセリングを受けたら、育った環境に原因がある事がわかりました。

私以外全員ASDだった。

ASDについて勉強したら、今まで見えてなかった事が見え始めた、そんなブログです。

ブログを書いている方・記事との方向性が違う感じなので、リブログではなく。あくまでも、私の目についた記事としてご紹介。

 

 

 

母を良く知る親戚や周囲の人から聞くおかんは、こういう感じの天才っぷり。小学生前ぐらいから、神童と言われるほどで。何を教えても、そのまま丸っと理解し、同じようにやって見せる。ひらがなカタカナ漢字、難しい本や、勉強、芸事も。耳で聞くもの、目で見るものを、全て丸ごと吸収し、全く同じ事をサラッと大人レベルでやる子供。自分が子供なのに、自分よりも下の年ごとの子の面倒を大人のように見て、常に周囲の大人たちに「XXちゃんは、すごいわねぇ」と言わせていた様子。同い年やそれよりも少し上の子達にとっても、憧れの的だったそう。

 

確か、親戚の話だと、小学生に上る前には言葉も良く出て弁が立っていたが、言葉が出るの自体は他の子に比べて遅かったそう。

 

多分、女性特有のコミュニケーション能力や、そのコミュニティーに属する事で発達したカモフラージュやマスキングも役に立ったのだと思う。聡明で、朗らかで、元気よく、見た目も良い、誰からも慕われる女の子、そういうイメージを母の昔を知る人は言う。

 

当時のIQテスト(当時なんで、精度は定かじゃないけども)を見ると、IQ150で。大学に入ってからも似たようなテストをしたらしいが、嘘か本当かしらんが、おかん曰く「別大学の教授からスカウトされた」ほどの結果だったそうな。

 

 

 

ちなみに、妹ちゃんは、言葉が出てくるのは、めちゃくちゃ遅かった。もしかしたら、海外や日本を転々としていた事も影響しているのかもしれないけれど、確かに遅かった。大分長い間、ほとんど言葉を発しない時期があった気がする。小学生になってからも、自分の言いたい事をうまくまとめる事ができずに、「ぎゃーーーーーーーーー!!!」とギャン泣きしたり、モノに当たり散らしたりしていた。

 

でも、知的天才っぷりは、おかんと同じく。事に暗記力に関しては、数歳年上の私をはるかに上回る状態であった。確か、小学校1・2年ぐらいで、新聞読んでた。ちなみに、私は大人になっても新聞が読めません・・・(いっぱい字がありすぎて、記事がありすぎて、目があっちこっちに行ってしまう)。本人曰く、物心ついたのは10歳ぐらい以降・・・と言ってるので、その前段階で、新聞は読めていて、地球温暖化や政治経済についても理解していた(本当の意味で理解してるかは別かもやけど)。

 

九九は私が二の段で躓いたのに、妹ちゃんは2週間ぐらいで全部覚えてた。

 

ちなみに、私が九九で苦手だったのは、『二九と肉』『三ハと三羽』『四ハとシワ』など、似た言葉、丸と点の音の違いが、ごちゃごちゃになったから(そんな事ある?!)。おかん曰く、「あんた日本語と英語で両方覚えなきゃいけなくて、かわいそうな事した」と言っていたけれど。そうなんやろうか・・・。英語では、特に数字が苦手だった気がしないのに、日本に帰ってから一気に苦手になった気がするな・・・。ロジックで覚える英語圏に対して、丸暗記な日本だったからやないやろか・・・。

 

いずれにせよ、脳の発達・得手不得手、同じ家族・血筋なのに、ぜーんぜん違う。

 

 

ニューロダイバーシティーって、こういう事なんやな、が現実的な、我が家である。