ああ。つかれた。マジ、つかれた。 | マイノリティのお話

マイノリティのお話

ずっと人前で自分を出せない、自分でいてはいけないのだと思ってました。カウンセリングを受けたら、育った環境に原因がある事がわかりました。

私以外全員ASDだった。

ASDについて勉強したら、今まで見えてなかった事が見え始めた、そんなブログです。

もしかしたら、感謝されているのかもしれないけれど、感謝を言葉にするどころか、ただただ、変化や新しい事への切り替えが出来ずに、機嫌が悪く当たられたり、嫌味言われたり、癇癪起こされたり、ため息疲れたり、泣かれたりするので、ここに書いてみる。

 

 

今回の帰省中にやった事。

 

  • おかんとおとうの資産を全部洗い出して、今後の資産管理をどのようにするかを検討するため、専門の人に相談。これから、その相談内容に乗るか反るかが決まる。多分、これもまだ、一波乱あるだろうと思うけど・・・。
  • おかんとおとうの資産を洗い出した時に、銀行口座とそれぞれの預金額・通帳・印鑑の照らし合わせ、どこから何の引き落としがあるかを把握した(把握できる限り)。で、銀行振替に出来るものを、手続き進めた。(妹ちゃんにキレられたり、おとうに不審がられたり、おかんにも疑われたり)
  • 今後、妹ちゃんが両親の支払い手続きを簡単にできるようにするために、どの銀行でどうしたらいいかのリサーチ。その上で、妹ちゃんと両親でその銀行に行って、必要な手続きを取った。(妹ちゃんにキレられる事数回)
  • 壊れていた家電、動線を塞いでいるだけの家具などを不用品引き取りで軽トラ以上、お引き取り手配。(おかん泣き喚く事十数回)
  • 必要な家電は、気に入りそうなものを購入(当然、文句言われる)
  • おとうの定位置に座るひとり掛けソファが壊れていたので、新しく買い替え。(普通に文句言われる)
  • ダイニングチェア一式が壊れていたので、買い替えようと提案したが、キレられて、泣かれたので、修理業者を何件かあたり、ようやく業者を見つけて、修理依頼・完了。(おかん泣いてわめいてメルトダウンx数回)
  • 両親が今まで寝ていた寝室は、身体の不自由な持病持ちのおとうには難しくなってきたとお医者さんからの示唆を受けて、まず、移動先の部屋の片づけ・掃除(物置・書類の山・不用品の山)。(全員に不機嫌になられながら)
  • その時に山のようになっていた書類をカテゴリ分け、種類分けして、整理整頓、ゴミの処理(1週間ぐらいかかった・・・)。(おとうに、いろいろ疑われたり、不審がられたり、おかんに泣かれたり)
  • その移動先の部屋の地震対策(家具の固定・ガラスのフィルター貼り等)。(妹ちゃんに、「そんなのやったぐらいで、やったつもりにならないで」などと言われながら)
  • おとうとおかんの説得と、ベッド搬入の合意、ベッド搬入。(数十回、泣かれたり、ブチ切れられたり、しながら)
  • その他、介護サービスで断り続けていた器具もろもろを使う説得、搬入。(妹ちゃんに「おねえはいつも勝手だ」とか言われながら。おとうに不審がられながら)
  • お試しでいくつか、宅配食のサービスを取ってみた(文句しか出なかったが・・・)。
  • 今後の両親に必要なサポート、準備をしておいた方がいい事など、サポートしてくれる人に聞く時間を設定、面談。(妹ちゃんに「私を蔑にして。バカにしている。いつも上から目線」などとののしられる事数回。
  • 今後の両親にいつか必要になるかもしれない施設・サービス等の資料集め。(Sangoは冷たい。両親を捨てるつもりだ、と、全員に言われながら)
  • 見守りサポート、数社検討、決定、導入、必要機器のセットアップ。(「こんなので義務を果たしているとは思わない」とか、妹ちゃんに言われながら)
  • おとうとおかんに今後かかる費用を抑えるための、市町村への手続きの申請書類の作成、必要書類のリストを作って、出してくれる機関へ依頼。(「また、私にやらせようとしてるでしょう」と妹ちゃんにキレられながら)
  • あ、おとうの定期身体調整・管理のサービスも説得、開始。(「そんなの意味ない」と三人に言われながら)
  • 日常の食材の買い出し・料理等(「あんたがやると私に自信がなくなる」とおかんに言われ、「おねえがやると、おかんが料理できなくなるし、しなくなる」と言われ、おとうには「お前がやると、お母さんが傷つく」と言われながら、全員食べる)
 
そして、この間、もちろん、フルタイムで働いていた。
 
この間、妹ちゃんからは切れられ、「キライ」と言われ、「私を奴隷のように扱う」とか「下僕のように使う」とか「見下している」と言われ。おかんには、「あんたは、ずっと私の事をバカにしている」と言われ、おとうには「お前が悪い」と言われ。
 
無視され、急になれなれしくされ、キレられた後には「家族なのだから、水に流せ、いつまでも引きずるな」と言われ、「お気楽でいいよね」と言われ、「どうせ、あんたは何もわかってない」と言われ、「どうせ、私達の事なんて、バッサリ捨てる癖に」と言われ、「家族を蔑にしている」と言われ。やれ、「使いづらい」だの「おいしくない」だの、「前の方がよかった」だの、「金で解決しようとしてる」だの。
 
 
 
ええ。一部、金で解決しましたとも。
 
 
 
多分、全額、出した費用を合わせたら、もう、ちょっと一瞬気絶するぐらい使ったと思う。クレジットカード見たけど、マジ、見た事ない請求額が来てて、速攻で閉じた(笑)。そして、一つも両親にも妹ちゃんにも請求してない。自腹である。
 
 
何故なら、お金の話をしたとたん、機嫌が悪くなったり、反対したり、「高すぎるから、やらない」だったり、必要なサービスやサポートを断る口実にしてしまうから。
 
 
ちなみに、妹ちゃんが「私はずっと大変だったんだから!」と言った、去年1年の間は、何一つこういう事はしていなかった。両親の健康状態を見て、不安になり、実家に帰る回数を増やし、正直、そこまでせんでもええやん?というサポートをしていた。もちろん、すごく必要なサポートもしていたけれど(ワクチン打つ手続きとか、付き合うのとか)、大きな流れで見るのではなく、買い物に代わりに行く(なくてもいい物もある)、支払いの手続きをする(その都度なので、銀行振替に変更するとかしてなかった)。
 
そして、今年の2月、「あの二人はもう駄目だ」と言う意味深なメールを私に送った直後から、ガン無視を始めたのだ。電話しても、メールを送っても、メッセージを送っても、ガン無視状態だったので、私は状況を探るために、サポートをしてくれる人達・クリニック・業者を探してアプローチし、周囲から話を聞く事で少しずつ話を繋げていったのだけれども。どうしても、日本にいる妹ちゃんにお願いする事が出てきてしまい、お願いに対して妹ちゃんは「あっそう。わかった。そうしますハイハイ。」とOKはしたものの、これを「下僕のように使う」と表現し。そして、この一言以外全ては無視していたくせに「おねえは、説明が足りない!」と言い。「私に寄り添ってほしかった!」とブチ切れた。
 
 
やっぱり、どう思い返しても、私がブチ切れて、良かったんじゃないの・・・・
 
 
 
「君、もっと、こうできたんじゃないの?」という一言は、私は妹ちゃんには一言も発していない。それは、私が言うべき事ではないと思うから。だから、今回の帰省で、私が出来る事は、ガンガン進めた。泣かれたり、ブチ切れられたりされながらも、進めた。
 
その結果、「私の事をバカにしてる。どうせ、私なんて何もしてないって思ってるんでしょう!」だそうである。自己肯定感の低さからくる、被害妄想がはなはだしい。
 
何もしてないとは思ってない。いっぱい色んなことして頑張ってるな・・・ベクトルずれてるけど・・・と思ってるだけである(笑)。
 
もちろん、まだまだやる事はあるし、手続きも全部を終えるまで待てないので、全部が終わる前に帰る事になるけれど。そして、その続きは妹ちゃんにお願いする事になったわけなのだけれど。
 
それぐらい、お願いしてもいいぐらい、私働きましたよね?
 
きちんと、サポートの方にも、お願いしておきました。おとう、おかんが、今後必要になりそうなサポート、気を付けて見ていてほしい事、そして「時期が来たら」、まずは両親本人達、そして妹に話を通してほしい事。ただ、家族の中では、私が一番思い切りがいいので、客観的に見て「これは、そろそろ」と思ったら、ぜひ、私に連絡してほしい事。
 
 
まだ、最後に、割と大き目の家の工事が残っているので、まだ、両親と妹ちゃんの不機嫌さは、もう一段階か二段階ぐらいありそうですが。もう、そろそろ、大きめなやる事リストは終わりの気がする。
 
 
多分、今後も、おとうとおかんが亡くなるまで、私のこの役目は続くのだと、ちゃんと理解して、そうするつもりの上で・・・ここでだけ、言わせて。
 
 
 
マジ、普通の家族が欲しい。
 
 
 
 
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