ベラスケスが描いたスペイン・ハプスブルク家の女性たち~マリア・アナ・デ・アウストリア | Studiolo di verde(ストゥディオーロ・ディ・ヴェルデ)

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ディエゴ・ベラスケス、<マリア・アナ・デアウストリア>

 

 まずはこちらの一枚をご覧いただきたい。

 地味な色合いの衣裳と、暗褐色の背景。グレーを塗り重ねた襞襟。

 全体的に地味な色彩でまとめられている中、それらの上に乗った白い顔は、くっきりと浮かび上がる。

 少し右に寄った瞳孔や口の片端をふと持ち上げた不遜な表情は、今のドラマでも見かけそうだ。たとえば、悪役女優あたりで。(『宮廷の諍い女』の華妃とか、『 璎珞<エイラク>~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃 』の高貴妃とか)

 気の強そうな、ちょっとお高く止まった美人。

 まあ、無理もあるまい。彼女は歴史あるハプスブルク家(スペイン)のお姫様だ。兄はスペイン国王フェリペ4世。

 スペインの宮廷儀礼は、外から来た物にとっては呼吸もままならない拘束具とも例えられるかもしれない。しかし、その中で生まれ育った物にとっては当たり前のように皮膚になじんだもの、と言うべきか。そして、その中で育った者がどうなるか、という例の一つが彼女ではなかろうか。

 悪い方向に行けば意地悪そうな、「はんっ」と鼻で笑って横を向きそうな、そんな彼女の姿を、ベラスケスはキャンヴァスに描き残した。

 衣装はわりとざっくりとした仕上がりなのに、目や口の表情は何と鮮やかに印象に残るものだろう。

 

 イギリス(プロテスタント国)のチャールズ1世との縁談が持ち上がったこともあったらしいが、結局、相手の性格などが原因で破談に。(かりに実現していたら、歴史はどうなっていただろう?)

 結局25歳と、当時としてはやや遅めの年齢で母の実家オーストリア=ハプスブルク家に嫁ぎ、6人の子供を産む。

 その一人が、こちらの女性。

 

 以前、「肖像画と女心」(https://ameblo.jp/azzuro0205/entry-12355626173.html) でも紹介した、マリアナ・ダウストリアさん、つまりはマルガリータ王女のお母さん。

 

 こちらは、彼女が12歳の頃、まだ嫁ぐ前にオーストリアで描かれた肖像画。

 衣装のレース飾りなどが細かく、全体的に硬い雰囲気が印象的だ。

 しかし、主役たる王女は気が強そうで、でも同時にどことなく可愛さもある。上の母マリアの肖像画とも似ている。

 この時は、まさか溌溂とした従兄ではなく、30歳以上年上のくたびれたおっさん(母の実の兄)に嫁ぐなど夢にも思わなかっただろう。

 冷たく気難しい態度で鎧うようになり、ふてくされた顔を、スペインでも指折りの巨匠によって描き残されることも。

 

 そして、このマリアナの娘が、あのマルガリータ。

 つまり、マリアにとって、マルガリータは孫であり、同時に姪でもある。

 ついでに言うと、自分の息子の嫁でもある。

 

 …書いていて、私も頭がこんがらがってきた。

 ベラスケスによって描かれた、彼女たち三人の繋がりをこうして考えて見るだけでも、ヨーロッパ王室で行われていた近親婚のすさまじさがわかるというものだ。

 相手が伯父だろうが、従兄だろうが、彼女たちに「否」は言えなかった。

 ただ「王女」として生まれたが故の仕事を、こなしただけだ。(結果を残せたかはともかく)

 だが、ただ何も思わない人形だったわけではない。

 ぼんやりとただ受け入れただけなのか、それとも冷淡さでもって自分を守ることを選んだのか。

 もともとの性格や、細かな好みの違いもあっただろう。

 ベラスケスの肖像画を見ていると、そんな事を思い出させられる。