本日の大阪、曇り時々晴れ。
今朝は6時半の部屋の点灯とともに起き、
朝のニュースを見ている。本日退院日。
やはり少し興奮しているのだろうか?

昨日の夜までに荷造りもほぼ完了しているので、
朝食後に下の売店に持っていき、宅急便で
東京に送ってしまおう。

朝食まで時間があったので湯船につかる。
そして考える。
’早かったなー。。。あっという間の入院&退院だなー。’
そしてお腹の傷を見る。(と、いってもまだ半透明の
テープをつけている。)
’小さいよなー傷。こんなに小さいとすぐ消えちゃうな。’
そしてまた考える。
’色んな出会いがあったもんだなー。有意義な
入院だったなー。でも手術直後のあの気持ち悪さは
頂けなかったなー。’
そんな事を考えながら、湯船から出て体を拭いた。
鏡に私のおなかの傷が映る。

。。。私のおなかの傷。
半年前の開腹手術の際の傷もずいぶんキレイになった
が、丁度ニコちゃんマークの口の部分みたいに両端が
少し上がっていて本当に笑っているみたい。
それに今回の腹空鏡下手術の小さい穴のような傷口が
3つ上に加わった。丁度目、鼻、目のようだ。
傷が笑ってるかお←こんな感じ。

ニタっ。私も鏡に向かって笑った。
退院だよ、今日。

7時半、最後の朝食にデイルームへと向かう。
既にIさんとYちゃんが食事していた。
’おはようございます。’ ’おはようございます。’
’おはようー。’いつもの挨拶。
Iさんが’昨日の映画良かったねー。’とうれしそうに
話す。私もそんなに内容は覚えてなかったけど、
素敵でしたね、と合づちをうちつつ、Iさんの話を
聞いていた。Yちゃんが何かパンフレットのような
ものを出して、’Azuranさん、良かったらこれ
使ってください。’と差し出した。それは大阪の
観光スポットの割引クーポンがたくさんついている
冊子だった。食事の際にいつもお2人に大阪の
オススメの場所やレストランの事を聞いていた
私は、3ヵ月後検診とかでまた大阪に来る時は
どこそこに行ってみたいだの、あそこの何を
一度は食べてみたいだのと語っていたので、
Yちゃんは昨日お見舞いに来た同僚にわざわざ
頼んでその冊子を持ってきてもらったそうな。
。。。感極まれり。

’ありがとう、うれしい。’
本当にうれしかった。その冊子は大切に今度
大阪に来る際に使います。

そんな最後の朝食も済ませ、最後の先生の回診。
先生6人がいつになく明るい雰囲気で入ってきた。
特にM先生が今日はいつになくしゃべってるし!
部長先生’やあ、昨日はどこに行ったの?’
私’昨日はまた梅田をブラブラしてきましたよ。
あ、看護師さんに教えてもらったオススメの
カツサンドの店とロールケーキの店を探して
来ました。まだ食べていませんが。’と話したら、
’え、どこどこ?それどこ?誰か行ったことあるか?’
と部長先生は他の先生にも聞き始めた。
他の先生も’あ、それって堂島の交差点のとこちゃう?’
’そうです、そうです。’という感じでなぜか盛り上がった。
私も地図を出してきて’ここです。’とか言って(笑。)
M先生までが’おい、誰かその地図コピーしてもろ
といてくれよ。’なんていう始末。ど、どうしたの?
このテンションの高さはっ!? 
’あ、じゃあ地図おいていきますよ。’なんて話を
して、先生達は’あとで取りにくるー。’と言って
わらわらと出て行かれた。どうせ忙しいから社交辞令で
おっしゃってくれたんだなーと思っていたが、
これは本当にあとで部長先生が直々に来られた
らしい!(この話はまた後ほど。)
。。。どうしてこの日あれだけテンションが高かったのか。
なぞではあるけれど、なんとなくこれが理由じゃあないかな、
という事は実はわかっているのだニコニコ

実は私の主治医のM先生はブログをお持ちなのだ。
もちろんプライベートで書いているものだが、内膜症や
腹空鏡下手術についてのいろんな見解や素朴に感じた
事とかを非常にマニアック(?)なレベルでわかりやすく
書いてある。私はたまたま幼馴染に先生を紹介して
もらった際にこのブログの存在を教えてもらい、かつ
このブログに掲載されている先生のメイルアドレスに
より初めて先生にコンタクトしたのだ。(本当に世の中
便利になったもんだー。。。)実際先生は超お忙しい
方なので、最近はブログを更新されることもなかなか
なさそうだが、患者に対してのレスポンスは早い。

と、前置きが長くなったが、昨日の夜私は自分のPC
を久しぶりに立ち上げ、先生のブログに行き、先生に
感謝の気持ちを匿名で書いてみたのだ。と、いっても
だいたい誰が書いてるかはバレバレだと思うが。
まさか朝の回診前に見る事はないだろうと思って
いたのだが、よくよく考えれば自分のブログにコメントを
誰か書き込んだらメイルが行くはずなんで、朝メイル
チェックしてたら読んでいるはずなんだ。わはははは。。。
内容は以下のようなもの。
(自分が書いたものそのまま抜粋。)

’しわい’手術を先生にして頂いた者です。
先生、ありがとうございました。(それから
副担当の先生にもありがとうございました。)
まだ術後数日しか経っていませんが、座った時
に明らかに違和感がなくなったと感じる事が
できます。
去年先生がご自身のブログに書かれている;
”私の目標は、この病院をこの国の代表的な
腹腔鏡下手術センターにすることだ。”
既にそうなられていっているんではないかと
思います。これからも是非お体に気をつけて、
’チームラパロコピスト’で頑張って下さい。

P.S.先生のこのブログはとても人気が高い
みたいですね^^ 実は看護師さんからも
’先生、最近超忙しそうやから更新して
ないなー。'とおっしゃってました。ここで
知り合った患者さんも皆さん楽しみにされて
ましたって’脅し’じゃないですっっっ。


上記ピンク色にしたP.S.、追記部分、ここが
ポイントなんです(笑。)と、いうのもあれは
この退院日の2日前の火曜日。シーツ取替え日
の日だが、婦長さんが直々に自分も参加しながら
シーツ交換に来られたのだ。とってもざっく
ばらんな婦長さん。本当にざっくばらんで、
’あー今日はけっこう余裕な日やなー。どう、
調子は?’と私に声をかけつつ、部屋の
椅子にどっこいしょ、と座ってしばらく私と
井戸端会議(笑。)その際にM先生の話になり、
婦長さんは30年以上この仕事をたずさわって
いるが、あんなに丁寧かつ確実な手術をする
外科医はそうそう見たことがない、という話を
私にしてくださった。また、ブログの話にもなり、
’そーいやこの数ヶ月先生更に忙しくて
ブログ更新してないやろ?みんな楽しみに
してるのにー。ちょっと、Azuranさん先生
更新してって書いといてよ。看護師一同、とか
書いてもらっていいから!’と私はその任務を
おおせつかったのだ。。。!婦長さんが
おっしゃったとおりに書くのはやっぱり恥かしい
ので、上記のP.S.部分のような文章になったのだ。

。。。まあこのブログを私と気づき、笑いながら
先生達が入ってきたかは。。。わかりません音譜

そんな先生たちともお別れし、私はそそくさと
着替えて化粧も久しぶりにし、洗面所を片付け、最後の
荷物も全て直して、大きな大きなトランクを
下の売店へ預けに行った。

ひとまず全て終了。さあ、コーヒー調達にスタバへ
行こう。その前にナースステーションで退院の手続きを
済ませ、支払い金額を確認。

コーヒーを買って部屋にもどると既に9時半だった。
まだレシートをもらっていないので、それを待つ間
コーヒーを飲みながら、TVを見てた。すぐ、看護師さんが
レシートを持ってきてくれた。’Azuranさん、いよいよ
退院やね。良かったね。あ、支払いは一回の窓口
やからね。これ持っていって支払い済ませたら終わり。’
’わかりました。本当にありがとうございました。’
’じゃあね。’丁度午後からまた次の新患者さんが
たくさん入ってこられるのだろう。忙しそうだった。
実際、ナースステーションに顔を出してみたが、
丁度皆さん出はらっており、さっきレシートを持ってきて
くれた看護師さんしかいらっしゃらなかった。なので、
’婦長さんはじめ、担当のYAさんや他の看護師さんに
よろしくお伝え下さい。’と再度あいさつをし、Yちゃんと
Iさんの部屋へお別れの挨拶へ。2人は同じ部屋。
手前のIさんのベッドへ行くとIさん本を読まれていた。
あいさつしながら胸が熱くなる。Iさんの病名は結構
重いものだ。だから3ヶ月も入院されているし、退院後も
通院しなければならない。でもIさんがいつも身を持って
病気は自分の一部と思って仲良く共存しなくちゃね、
とおっしゃってくれたのが私には印象深く、自分も
生理があるかぎり、内膜症とはきってもきれない縁なので、
また再発しても仲良くしていこうと思えたものだった。
丁度退院後2週間たった際の術後検診の日がIさんも
通院日だから会えるといいね、と話し、Yちゃんのベッドを
のぞいたが’そうそう、さっきから彼女いなくて看護師さんも
さがしているんよね。’とIさん。2人で笑ってしまった。
なのでIさんにYちゃんへよろしく伝えてくださいと言って
部屋にもどった。

さあ、東京へ帰ろう、大阪にさよならするのはちょっと
寂しいけれど。。。

もう一度バスルームや棚の中をみて忘れものがないかチェック。
最後に一度も空けなかったお水やティーバッグをゴミ箱に捨てるのは
もったいないので(とはいえ持って帰るには重かった)、きれいな
紙袋に入れ、椅子の上に置いておいた。看護師さんか誰かが
処理するかもしれないし、もらってくれるかもしれないし。
もちろんティッシュ箱とかも置いていった。

さ、出よう。
部屋を出る。バイバイ。

出てナースステーションの方へ歩いていくと、IさんとなんとYちゃんが
待っていた。Yちゃんが、’あー良かった、間に合って’と笑ってた。
本当にありがとう。最後の最後まで1人じゃなく、みんなに支えられての
入院生活だったと心底思う。

一階で支払いを済ませ、病院の外に出た。今日も暑い。
夏がすぐそこまで来ている感じがする。

病院から新大阪駅までタクシーで、そして新幹線の切符を買う。
本来ならのぞみを購入するが、ゆっくり帰りたい気持ちが
あったのと、窓際の富士山側の席に座りたかったのでひかりにした。

新幹線に乗る。空は曇り空。
出発。 新幹線が動き出した。

京都まで15分くらいだろうか、そんなにかからないが
その間何も考えずぼーっと外の景色を眺めていた。
京都着。そして出発。京都駅を出てすぐトンネルにさしかかる。
トンネルを出ると。。。関西をはなれたんだなー。



。。。






さあ、お家へ帰ろう。東京には2時ごろ到着予定だ。






夏もすぐそこだ。




術後検診を無事終え、そそくさと自分の部屋にもどる。
明日退院が確定したからには、24時間後は既に
退院手続き等をすませて、病院を出ていることだろう。

。。。。。ちょっと考える。荷物をまとめて、その荷物を
地下の売店から宅急便で東京に送ってしまおう。
相当荷物が大きいので、行きの新幹線でも四苦八苦
したもんだから帰りは身軽にしたい。となると、今日
送っちゃおうか?いやいや、明日の朝にシャワーとか
浴びたいし、下着の替えやら、脱いだパジャマやら
直してからがいいから、やっぱり朝宅急便を出しに
行こう。 

そこまで考えて、また外出届を出しに行った。
最後の外出。最後の梅田のお散歩。

しかし、暑い。。。!本当に暑くてびっくりした。
(6月末とはいえ、今現在7月末の東京より
暑かったのです、その頃。。。)
大阪は東京と比べると街中に緑が少ない。これは
自分自身が関西に住んでいた時から感じていたことだ。
東京は結構意識的に緑を植えていると思う。
実際GOOGLE ON EARTHとかで比較してみると
一目瞭然だ。しかし、梅田も今新たな都市開発に
着手しており、2009年に向けて色々と改装工事を
している。その案の中に緑化計画がちゃんと組まれて
いるらしく、ビルの屋上に公園やら、植物園とかも
作られるらしい。また楽しくなるなー、2009年以降に
まだ変わった梅田を見たいな。そんなことを思いつつ、
汗をふきふきただ黙々と歩いた。

。。。疲れた。。。特にあてがあるわけでもなくて
外出しているので、ちょっと飽きてきた。でも
わざわざ喫茶店に入るのもなんだかなあー。

それでもやっぱり行くところは本屋。本があれば
結構それだけで満足な私。しばらくすずみながら
本屋で立ち読みをした。

。。。でも、やっぱり疲れたので、しばらくぶりに
マッサージをしたい気分になり、とあるデパートに
入っているチェーン店のマッサージ屋さんに行ったが
既に予約でいっぱいだったのであきらめた。

で、私はどうしたかというと、ネイルサロンに入ったのだ。
何年ぶりだろう。。。!正直この手のサロンは苦手だ。
何よりもあの匂いが好きじゃーない。ただ、手指の
マッサージ付、というのにひかれてふらふらと入った
のだ(笑。)旅(?)に出てるとたまには普通の生活では
しない事をしてみたくなる、あのちょっと衝動的だけど、
満足が得られる快ちよさ。はじめに対応してくれた
おねーちゃんはどうみても数年前の渋谷1○9前に
たむろしてた感じの色のくろーいファンデをしており、
ちょっと不思議だった。。。正直’なぜ今時そんな
格好をしているの?’とつっこんでもみたかったが、
やめた。でも感じよく対応はしてくれて、奥に通された。
実際にネイルを担当してくれた子は普通のキレイな
おねーさんで、この子がまたとにかく接客の鏡、と
いうか、本当の意味でいまはやりの’素敵女子’風だった。

久しぶりに他人に施されるハンドマッサージ。。。
よだれものだった。彼女の手がまたなんというか、ちょうど
良いやわらかさで、キレイな手。うーん、手ってポイント
なんだよね、結構。   。。。すみません、これは
入院日記なんですが、とりあえずその中での出来事
なのは確かなんで(笑。) 
そして、久しぶりに甘皮をキレイにピーリングされ、
爪を磨いてもらうとアラ不思議、手ってキレイになるもんですね。
ちなみにあれから丁度一ヶ月くらいたちますが、まだ効果は
あります。

入院とは全く関係ないようなことをタラタラと書いているように
思うが、ただ、こういったサービス業をたずさわる人と接する
機会があると、本当のサービスって個人観察の目がすごく
大切だよなーと思うのだ。そういった意味で、例えば医者や
看護師などは究極の個人観察の目が必要だとつくづく
思うのだ。サービスの質が高ければ高いほど、その裏の
苦労ははかりしれないのだ。

そして、私は気持ちよくまた病院にもどった。汗をかいたので
シャワーを浴びてさっぱりし、パジャマに着替える。ほどなく
夕飯の時間。なんて早い一日なんだっ。

いつもの三人での食事。考えると今晩が私にとっての
最後の晩餐だ。明日の朝で2人ともお別れなんだなあ。

いつものほのぼのした食事だった。Yちゃんは一応あさって
の退院の許可がおりたらしい。彼女は土曜日から家の事業の
手伝いに入らなくてはいけないと言い、私とIさんは老婆心ながら
も彼女に無理をしたらまた入院せなあかんようになるで、まずは
身体が一番よと何度も彼女に言った。彼女はうれしそうに’あり
がとう’とは言ったが、なんせこの急な入院が暇で暇で仕方が
ないらしい。まあまだ22歳、とくに彼女は行動力がありそうなんで
じっとしているのが耐え難いんだろう。かく言う私だって、のんびり
しているとはいえ、毎日の外出散歩が楽しくて仕方なかったんだ
から人の事はいえまい。でも私はこの入院生活なら一ヶ月くらい
いてもいいな、と本気で思っていた。

Iさんは7月7日の七夕の日に退院予定だ。Iさんは3ヶ月入院され
ている。結局皆をお見送りして最後に退院となる。私たちの中で
はお母さん的存在だったIさん。言わなくてもわかってくれるような、
誰よりも色んなことを察知してくださるそんなIさんはとっても
心のよりどころだった。でも今晩はこれから19時より例の映画が
始まるので、私とIさんはそそくさと部屋にもどった。Yちゃんは
途中で会社の同僚の女の子がお見舞いに来たのでデイルームに
残って団欒していた。

その、1956年代の古い映画を見つつ、私は退院する準備に
とりかかった。映画はながしっぱなしだったので実際はちゃんと
見ていなかったけれど、3人の女優さんが個性的かつ素敵だった。
その間に両親やだんなと電話で話をしたり、お風呂に入ったり
と最後の’自由きままな’入院生活を自分なりに堪能していた。

荷物をどんどん詰めていく。こんなにあったっけ?という位に
トランクがパンパンになった。得にこっちで買ったものなどないのに。
でもそのトランクを見るとなんだか感極まり、’一緒に大阪に来て
くれてありがとう’と言いたくなった。本当にこのトランク1つで私は
東京から今回この病院にやってきたのだ。両親からもらった
結構古いトランクカバン。でもたくさん入るし、キャスター付の軽いもの
なのでどこに行くにもこの子が一緒。海外旅行も長期出張もこの子と
2人で色んなところに行った気がする。なので’パチリ。’初めて
この鞄を写真に収めてみた。’お疲れ様。’

コンコンとノックする音が。’Azuranさんいいですか?’’はーい’
看護師さんかと思ったらS先生。’こんばんは、明日退院だね。
特に変わりはないですか?’’はい、お陰様でなんともないです。
本当にありがとうございました。’’そう、良かった。’いつもどおり
先生はとても落ち着いた、穏やかな口調。にしても先生いったい
どれだけ病院にいるんだろうか?実は先生はこの4月から常勤で
この病院にいらっしゃるが、去年度までは東京の病院にいらっしゃって、
週一回だけ大阪に通われていたのだ。’先生、まえはどこの
病院にいたんですか?’’ん?あのね、○×病院の麻酔科と△□
病院の産婦人科にいたんだよ。’’えっ、先生って麻酔師でも
あるんですか?’’あ、うん、一応麻酔師と産婦人科医の両方なんだ。’
。。。すごい。天は二分をも与えるとは本当にある事をS先生が
立証している。実は彼女は多分私くらいなんだよね、歳も。
ちょっと尊敬する、実際惚れる。実はだんなもかわいいよね、あの
先生、と言っていたくらいなのだ。ファン急増中だ。
そんな先生はM先生の技術に惚れ込み、大阪までやってきて
自ら弟子入りしたのだ。M先生、すごいですねー。男冥利に
つきますねー。などと失礼な事を言ってはいけません。でもそれ
位、M先生の技術ってすごいのだな、と改めて思った。S先生は
隔週でも東京の病院に女医さんとしてもどってきてもいて、
新幹線をよく使うので、今度私の診察の際も日帰りできる時間帯を
ちゃんと考慮してくださり、わざわざ時間帯をずらしてくれた。
本当最後の最後までS先生にはお世話になり、また女性らしい
先生しか出来ない細かい心配りもたくさんしてくださりました。
いつかM先生のような腹空鏡下手術のスペシャリストとなって
下さい。

9時に看護師さんが見回りに来たけれど、明日退院の私には
’最後の夜ですねー。ゆっくりして下さいね。’と言って特に
おやすみなさいも言われず、その後も一度も見回りに来ること
もなく私は自由だった。

TVを見ながら、ふくらはぎのマッサージをし、その後雑誌を
読みながら色んな事を考えた。帰ったら普通の生活だ。
でも、今後どうしようかな、私。。。 

でもとりあえずは自分を空っぽにしてのんびりしよう。
コレが一番簡単そうで難しいのだが(笑。)

明日は帰りの新幹線で富士山が見えるかなー富士山

。。。ぐぅぐぅ




本日朝の先生方の回診後、術後検診がある。
ちょっとドキドキする。。。だってこれでOKだったら
明日退院できるから。

と、いうものの、今日も朝のアナウンスで起きる。。。
(6時半頃に一度目覚めているのですが、二度寝すると
ダメみたいです。)相当リラックスしているのか!?

今日の朝ごはんはIさんと2人での食事。その際に
今晩の関西系列番組で日本の古い映画特集をする
話で盛り上がった。タイトルを既に忘れてしまったが、
確か1956年の映画。大阪は船場の三人姉妹の物語。
とても有名な歴代スター競演とCMでうたっていたので
今晩19時からは見なくてはね、と話していた。その話を
封切に、Iさんはとても多趣味で、何よりも歴史小説が
大好きとの事。また現代小説もよく読まれており、
山崎豊子さんとかも全部読まれていて(私も好き)、
白い巨塔や、華麗なる一族、大地の子の話に花が
咲いた。上記3つはドラマにもなっているので本に
比べてあの俳優さんはいまいち原作キャラとは
合ってないだの、もし私が配役するなら誰々、だとか(笑。)
またクラシック音楽にもとても精通されていらっしゃるみたいで、
若かりし頃はなけなしのお給料を貯めてでもカラヤンの
コンサートを見に行った話とか、いろいろ楽しいお話を
してくださった。でもあのクラシック界の巨匠と言われた
名指揮者のカラヤンが日本に来たことがあったなんて。。。!
それだけでもビックリでした。。。音楽の教科書に載って
いたもんなあー。いずれ小沢征爾さんもそうなる方なんだ
ろうなー。65へーでした(古っ。)にしても指揮者が変わる
だけで音楽が変わるとか。。。カラヤンを聞いた音は
今でも覚えてると、本当になつかしそうに話しているIさんを
見ていると、こっちまでうれしくなった。

そんな朝食をすませ、部屋にもどるなり回診に来られた先生方
が来た。部長先生いきなり’今日はどこに行くの?’。。。いやあ、
もう私は明日確実に退院ですね(笑。)S先生が’Azuranさん、
じゃあ9時に婦人科まで来てくれるかな?’’はーい。’
いよいよ術後検診だー。

8時55分。そろそろ婦人科に行くかー。その時に両親から携帯に
電話があり、話してたらあっという間に9時になったので、あわてて
切って下に下りた。相変わらず婦人科の前の待ち合い椅子には
既に大勢の外来患者さんが待っている。その中で1人パジャマで
いるのはちょっと心元ない。

5分くらい待っていただろうか、パタパタパタっとかけてくるS先生。
’ごめんなさいね、上で話してたら遅くなってしまって。’とあわてて
診察室の中に入っていった。先生って本当にお忙しいなあー。
ほどなく’Azuranさん、○番診察室にお入り下さい’とアナウンスが。
ノックして入る。すでに落ち着いて椅子に座られて私のカルテと
MRIを見ているS先生。それにしても。。。寒いっ。寒すぎるこの
診察室。ちょっとクーラーが効きすぎている。私はいいけど、ずっと
座って診断するS先生や看護師さんはこの寒さに耐えられるのか!?
思わずS先生の足元を見たら、’あ、先生○印の靴下はいてる’事に
気がついた。やっぱり寒いんだよね。ほどなく看護師さんがS先生に
小声で’先生コーヒーホットの方がいいでしょ?’と聞いてた。(やっぱ
寒いんだみんな。。。先生も看護師さんも女性なんだから冷やしたら
だめですよー。)

話がそれたが、S先生が再度手術結果をカルテを見ながら述べた。
これは術後すぐ主治医のM先生が私におっしゃった内容と全く同じ。
そして、手術が無事成功していること、妊娠を前向きに考えて
良い事をおっしゃって下さった。ほっとする前にまずは内診。
術後初めての内診。。。痛くないだろうか?すんごくドキドキした。
結果は。。。痛くない!びっくりするほど左側のお尻辺りが痛くない!
なぜ?って感じ。祝日!嗚呼、痛くないんだあああああ!
思わず’先生、先生、痛くないですよ!?大丈夫です!’と
言っていた。’そう、それは良かった。まだ傷口がたまに痛いことが
あっても大丈夫ですよ。まあ開腹手術を経験されているからその痛みと
比べたらへっちゃらかもね。’とおっしゃって下さった。 

開腹は開腹でメリットはあるし、開腹じゃないといけない手術もある
のは確かだが、やはり術後経過も含めて、腹空鏡手術の方が
はるかに傷の痛みはなく(と、いうか全くなかった)、回復期間が
比較にならないくらいに短いだろう。これは想像はしていたが、
想像以上の回復力だった。退院後はもうお風呂も大丈夫との事。
退院後2週間くらいすればごく普通の生活も可能との事だ。

嗚呼、これで明日は退院できるんだ。うれしい。 

(続く)

追記:退院後3週間で無事月のものもちゃんと来た。そして痛みが
    なく、鎮痛剤を飲むこともないほどに回復している。