以下は私の病歴のメモから抜粋しました。コピペ(COPY&PASTE)

したからだからか行間がぐちゃぐちゃですけど。。。(すみません、

なんどか修正を試みたけどこのブログ上でうまくいかないよー。

やり方教えてー。)



にしても。。。こんなに病院を転々としたんだなーと感慨深い、

というか、それまで本当に筋腫や内膜症の知識がなくて暗中

模索したもんだなあ、と思います。



20047 

勤務中に激しい生理痛になり、半休を取る。

①○○レディースクリニックに行き、内診。


子宮筋腫発覚。(筋層内及びショウ膜下に数個、ピンポン大。)


20056 


不妊治療専門の②○■メディカルクリニックに行き内診。


MRI
検査にて子宮筋腫の大きさを確認。


子宮筋腫を小さくするためにスプレキュア注射を半年打つ。


20059



退職


20061


スプレキュア注射終了


20064


生理痛が重くなり、寝込む日が多くなった。

(市販のイブを飲用)


20066


生理痛がひどく、イブを一日12錠飲んだが効き目がなくなってきて


③近所の総合病院の救急に電話するも、救急では処置出来ないので


朝一番にその病院の婦人科で内診を受ける。痛みは筋腫から来ている


ものの、手術するほどの大きさではないと思われるので、とりあえずは



もう少し様子を診るか、不妊治療の主治医と相談するように言われる。


20067


さらに生理痛がひどく、しかも肛門あたりの痛みが生理後も数日続く


感じがして、セカンドオピニオンで④△△医科大学病院にて内診。



そんなに筋腫が大きくないので手術するほどではないと言われる。



痛みの処置については何も言われず。主治医と相談するように言われる。

(引き続き大量のイブ飲用)


20068


⑤★○病院で卵管造影検査をする。特に異常なし。



200610


検診のため②クリニックで排卵痛なのか激痛が走り、一時間ほど休ませてもらう。


その後痛みはひいたので、検診をした。その後主治医にあまりにも月経痛と


その後の痛みがひどいので手術を考えている旨を伝える。⑥■□病院の先生を


紹介 してもらう。



翌日にまた激痛が走ったので家の⑦近所の産科にかけこむ。


内診された 際に左側の卵管あたりが硬い感じがするので癒着している可能性がある


と初めて言われる。ここで内膜症の疑いが濃くなる。



⑥の病院に主人と行く。内診及びMRI検査。内診でやはり左部分の



組織全体が硬い旨を伝えられる。手術をした方が良いとの事。


200611



あまりの生理痛の痛みに耐えられず、⑥の救急へかけこむ。


痛み止めにソセゴンの点滴を打つ。その後様子を診るために2日間入院。


200612


10
日にまた生理の激痛が走り、3日後の手術を待たず入院。


そのまま入院して13日に開腹手術。



20
日に退院。


20071


7
日、生理とともに激痛、1日入院。(ソセゴン。)


血液検査、内診ともに問題なし。排便通がひどくなる。


痛みはこの月が今までで一番ひどく、過呼吸、嘔吐を


もようし、救急車で病院へ。


20072


3
日、生理とともに痛みはあるが、ボルタレン座薬でなんとか


痛みを抑える事ができた。しかし、生理終了後に激痛、救急外来


に駆け込む。(ソセゴン。)その数日後また激痛の為1日入院。


排便通がひどくなる。


(この後大阪のM先生の所へ行くことになる。)

退院後初めて術後検診に大阪に行きました。
2週間後検診です。

少し不安な気持ちと、久しぶりに大阪にもどれる
わくわくした気持ちとが交差しつつ、新幹線に
乗り込み、ずっと今後自分はどうしようかなあ~、
と考えてたらあっという間に着きました、新大阪。
(ちなみに7月1日デビューしたN700系のぞみに
乗りましたよ新幹線

術後検診は。。。順調との事でしたニコニコラブラブ
全てにおいてもう日常生活にもどっていいとの事
でした。内診&触診も、信じられないほど痛かった
ところが痛くなくて安心しました。

これで大阪ともお別れだと思うと、ちょっと寂しい
気持ちです。

帰りに入院してた時に知り合ったbeadsさんが、
梅田まで出てきてくださり、お昼を御一緒しました。
こんな素敵なご縁が合ったことに感謝です。

本当に筋腫と内膜症の痛みに悩まされ、闘った数年
だったけど、でももしかしたら私の人生において
必要不可欠なものだったのかもしれないなーなんて。。。
それによって色々と考えたり、良い意味での諦めの
つけ方を学んだり。。。どちらかというと猪突猛進
で来てた私にとっては余裕を持つことの大切さをこの
病気(症状)が教えてくれたのかもなーと。

1つ1つ丁寧にリラックスしていこう。でもこれ
が一番大変だったりするー。

さて新幹線に乗って名古屋を過ぎ、あれは小田原あたり
だったか?とにかく、なんらかの理由で数分新幹線が
一時停止したのだ。その際に私はだんなにとりあえず
一言メイルしておこうと思い、携帯を取り出した。
すると、着信履歴が。だんなかと思いきや06の大阪
の番号。これは病院じゃあないか?思わずデッキ
に走り、その番号にかけなおした。
’大阪○○病院12階ナースステーションです。’
ビンゴ!な、なんだろう?
’あの、先ほどお電話を頂きましたAzuranですが。。。’
’あ、Azuranさん?ごめんなさいね、確認したいこと
があって。。。’

その内容とは。。。

笑。

部長先生が私の部屋に梅田のレストラン地図を本当に
取りに来たらしく、見当たらなかったので確認してくれと
その看護師さんにおっしゃったみたいで。。。しかも
その看護師さんはなぜか聞き間違えて、先生の地図を
私が持って帰ったと思ってわざわざ私の携帯に
電話したみたいで。

いやー本当に社交辞令じゃなかったのね、部長先生。
是非、みなさんとカツサンド食べに行ってください。
そして、デザートは長蛇の列ができる堂島のあの
ロールケーキをご堪能下さい。(ちなみに地図は
2週間後検診の際にS先生に渡しておいた。)

私も今度はロールケーキ食べるぞ!

★おしまい★(ですが、術後経過や入院の際の持ち物等は
またおいおい書きますー。)