この土曜日はあいの会でした。
山口県から、グリーフサポートやまぐちの
山根和子さんをお招きしてのグリーフの話し合い。
そして遺族の集まりの歩みや方法などを話し合い、
解散してしまったけど、山根さんも私も会員だった、
全国交通事故遺族の会のDVDを観たりしました。
細かい内容はあいの会のブログに書いたので、
ここでは重複して繰り返しません。
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/49047359.html
個人のことに引き付けて言えば、
義父母の言葉に傷つき、距離のできた人が多いことに、
あらためて考えさせられるものがありました。
私もそうした一人だからです。
具体的な言葉は個々の事情なので書きませんが、
やはり親身にしてもらっていたと思っていたら、
遠い場所にいたとわかった時はとても悲しく感じました。
もちろん私の義父母も、そして遺族の多くの義父母も、
決して悪い人ではなく、ごく普通の人たちです。
マザー・テレサみたいな人はあちこちにいるわけではないし、
親を奪われた場合、遺族からみた多くの義父母にとっては、
数回会った他人が殺されたに過ぎない場合がほとんどです。
子供や配偶者が殺された場合の兄弟姉妹なども、
結局他人同士ですし、同じことが起きてしまいがちのようです。
そうしたごく普通の人たちに、同じ感覚を求めるのは、
最初から無理ですし、それ自体傲慢な話なのだと思います。
遺族は時の経過とともに無理解に接することが多くなります。
そしてそれはある意味仕方のないことなのかもしれません。
この分野に限らず、100人いたら100人が賛同する話なんて、
ただ単に気持ちの悪いだけなのだとも思います。
ただ無理解に接することが多いなかでも、
月1回、「ここでしか話せないこと」を話し合う時間がある、
ということはやはり恵まれていることなのだと実感しています。
あいの会も集まり前日の7月8日に4歳の誕生日を迎えました。
この継続は、それなりに誇ってもいいのかなと思っています。