いじめをなくすには? 
小中学生や地域の大人が集う
「横浜子ども会議 鶴見区交流会」を視察。
各学校地域ごとに子どもが主体的に
いじめ対策を話し合い発表してくれました。

「本人が気づかない、
相手の気持ちを理解していないことが問題」
「いじめをなくすには
ストレスの逃げ場を作ることも大切」
と小中学生でさえも、しっかり意見。


一方でこの日は山中市長が辞職会見し
平気でパワハラをする大人が
横浜市のトップにいたことが
子どもたちに申し訳なく泣けてきました。






いじめをなくそう。
学校はもちろん、
私たち大人の組織においても
しっかり取り組んでいかなければなりません。

また子どもたちからは
「大人に気付いて欲しい」
「大丈夫? と聞かれて
本当は大丈夫じゃないけど、
助けてと言えない」
など切実な声も聴けました。

子どもたちは本当は大人にも
助けて欲しいけど、いろいろ考えて言えない。

どんな大人なら打ち明けられる?
と尋ねると
「普段は優しいけど、ダメな時は叱ってくれる人」
「うんうん、と相づちしながら話しを聞いてくれる」
「笑顔で声かけてくれる人、無表情だと怖い」

と答えてくれました。



幸いなことに地元鶴見区には、
ちゃんと子どもの声にも耳を傾けてくれる
地域の大人もたくさんいます。
言葉にならないメッセージにも、
ちゃんと寄り添える大人が、
学校でも、地域にも広がりますように。



#いじめをなくそう #横浜市 
#学校いじめ #鶴見区

こんにちは、横浜市会議員の東みちよです。

先日は「安倍晋三元総理の志を継承する集い」に

参加して参りました。

安倍元総理が凶弾に倒れた

あの日から、はや4年。


当時は本当にこの国のゆくえが

どうなってしまうのか、

不安でたまらなく

哀しみに包まれたものですが

いま、安倍さんが種をまいた

“世界の真ん中で咲き誇る日本”は

高市総理によって一つずつ

そして加速度的に

花ひらいているのを感じ

去年までとは違う気持ちで

受け止められるようになりました。


呼びかけ人の桜井よしこさんは

まさに安倍元総理の外交を振り返り

高市総理への期待に言及すると同時に

いま目の前にある

台湾有事のリスク、

中国の脅威をリアルに語られ

いまは平時と有事の間の

グレーゾーン状態であり

情報戦を組み合わせた

準軍事的圧迫にどう向き合うか?

元陸上幕僚長の岩田清文さんの

解説を引き合いに訴えていました。



高市総理も登壇され

安倍元総理が掲げたFOIP

「自由で開かれたインド太平洋

(Free and Open Indo-Pacific)」

の継承への熱意を

「挑戦しない国に未来はない」

と語られました。



またこの前日に衆院通過した

皇室典範改正案もご報告され

この場に参列した皆が

安倍元総理の志を継承する

高市総理に

万感の思いで拍手を送りました


印象的だったのは

「いまも、総理大臣執務室の

奥のソファには

安倍総理が座っている気がする」

と高市総理が話していたこと。


きっと高市総理の心の奥には

いまも安倍さんがいて

見守っているんじゃないか、

そう思えてなりませんでした。



4年前、国葬で献花したあの日を

思い出しました。上はその時の動画です。


私たちの心の奥にも

いまも安倍さんがいて

日本がこれからも

平和で安寧な国であるために

高市総理にはこれからも

ご活躍頂きたいです。




安倍元総理が遺した各国首脳とのつながりを、いまも大切に民間外交を続ける安倍昭恵さん。これからもご活躍を。






こんにちは、横浜市会議員の東みちよです。

先日は、関東鹿児島県人会でご縁のあった

先輩のお声がけにより、

関東わけもん会で講和の機会を頂きました。

 

ぼっけもん、とは、

鹿児島弁で、大胆な人、怖いもの知らず、

という意味で

講和のあとに、先輩方から頂いた言葉。

 

おまんさんは、ぼっけもんや、

と言われうれしくなりました。

ぼっけもんの代表格は、

西郷隆盛ですからね。

 

関東わけもん会は、

関東在住の若い人(わけもん)と

鹿児島にゆかりの方々との交流の場として

続けれてきたそうで、

「ちっとでん、かごっまに、かせを、しがなれば」

( 少しでも鹿児島のために手伝いをしなければ )

という気持ちから進められているそうです。

 

会の世話人の江藤昭子さんが経営する

赤坂シルビーにて、

講和、交流の機会をいただきました。

 

 

私も父が鹿児島、沖永良部出身で

小さなころから、

海の美しさや、

西郷隆盛にならう薩摩の心得

そんな話を父から

さんざん聞かされてきたので、

少しでも鹿児島のために、

何かできればという気持ちは同じです。

 

講和のテーマは、

「がんは気づきの好機、

感謝とともに政治の道をゆく」

 

私が政治を志した

きっかけの一つが、かつて乳がんを

経験したことでした。

 

乳がんは5年生存率9割以上の

標準治療で克服できる病気ですが

当時は不安でたまらず

「死ぬかもしれない」と思うと

普段、当たり前に思っていることが、

ある日、当たり前ではなく

とても尊いものなのだ、

と気づいて感謝が沸いてきました。


今はすっかり克服し

元気になって過ごしていますが

その経験があるからこそ、

感謝の気持ちで

誰かのため、社会のため、

恩返しのつもりで尽力したい、

そう思えるようになりました。

 

そこから政治の道へと

突き進んできたわけですが、

政治とは何の縁もゆかりもない私が

自分の信念と、少しのご縁で

横浜市会議員に挑戦し

今にいたっているわけです。

 

当時、最初の選挙のとき、

地元で知っている人は

わずか5人。。。。という状況でしたが

毎日、100人の人を訪ねる

という日課を課して

靴を5足つぶすほど歩いて

なんとか当選できました。

 

それは何より、

「私は生かされて、いま、ここにある」

という感謝の念と使命感があったから。

それが私の、ぼっけもんの根っこです。

 

2期8年目を迎えて、もういちど、

初心にかえって

感謝の気持ちで来年の選挙に向けて

頑張らなくては。

よき機会をありがとうございました。

白い割烹着の女性が世話人かつシルビーオーナーの江藤昭子さん

 

 

 

 

こんにちは、横浜市会議員の東みちよです。

先日は、日頃お世話になっている方々とともに

市議8年目の感謝を込めて、

市政報告会、交流会をひらきました。

 

8年前、鶴見の地で

地盤、看板、カバンもなく

ほぼゼロからのスタートでしたが、

皆さまに育てて頂いたことに感謝♡

 

 

地元の親しい方々から企業、団体の方々

100名ほどの皆さまとともに

これまでの8年を振り返り、

さまざまお話をうかがいました。

 

振り返ればこの2期8年のあいだ、

社会を揺さぶるような

さまざまな出来事を乗り越えて

きたことを思い出します。

コロナ感染症、

能登半島地震、

2024年問題、

中東危機などなど

危機が訪れるたび、皆さんの声を聴き

走り回って議会で

「なんとかしなきゃ!」

を政策にしてきました。

 

私のモットーは、現場主義。

 

机上からは本当の課題解決は

生まれない、という信念のもと

現場に足を運び、一人ひとりに寄り添い

仕事をしてきました。

そうした私を温かく見守り

支えてきてくださったのが、

この日、集まってくださった皆様でした。

皆さまの支えがあったからこそ、

走ってこれました。

 

 

中西けんじ衆議院議員、脇まさあき参院議員、川崎修平県会議員も駆けつけてくださいました

私の隣は簡後援会長

 

高市総理からも祝電を賜り、

現場主義を貫き、地域のために頑張って

という嬉しいお言葉を頂きました。

 

三原じゅん子参院議員からは、

かつてコロナ禍でご協力頂いた

生麦駅の自殺防止策、ホームドア設置の

エピソードを交えて激励の

ビデオメッセージも届きました。

 

市政報告会では、

暮らし・経済対策

防災・インフラ対策

子ども・子育て対策

持続可能な医療・福祉

などについてお話しましたが、

 

私から一方的に話すだけでなく

これからのまちづくりを

皆さんと一緒に盛り上げるために

参加者の皆さまにも、

インタビュー形式で

ご自身のこと、

東みちよに期待することなど

語って頂きました。

 

 

鶴見だから、できること。

横浜だから、できること。

そして東みちよとともに、

これからもやり遂げるために!

 

熱い気持ちの参加者の皆さまとともに

「頑張ろうコール!」で

大いに盛り上がった

市議8年目、感謝の集いでした。

 

皆さま、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、横浜市会議員の東みちよです。

先日はイタリアに視察に行ってきました。

議員になる前は、

ファッションジャーナリストとして

毎年、取材に足を運んでいたイタリア。


そこには、いま日本の私たちが抱える

課題解決のヒントが眠っている、

そう思えて多くの方々から

お話しを聞いてきました。


まずは伝統文化の継承と人材育成について。


イタリアではグッチ、プラダなど

世界的な服飾ブランドが

歴史を刻んできましたが

もともとは小さな工房からスタート

したものです。

かばん、靴、スーツ、シャツ

石工、モザイク、、、etc.

今も各地に歴史ある職人工房が

点在しています。


EUではそうした職人工房の

保護も行っており

イタリア各地では

服飾ブランドが経済を支えてきた

側面もあります。

ちなみに昨年下半期のイタリアの輸出額は

3760億ドル(約58兆円)で

日本を追い抜きました。


訪れたのは、ナポリを拠点に

グローバル展開する企業、イザイアの

人材育成の財団とその工場、そして

イザイアが複数の民間企業や

ナポリ市とともに運営するMia 財団。


イザイアは1920年創業のサルトリア

いまではミラノコレクションにも出展する

ファッションブランドとなっていますが

仕立て職人育成のための

若い人たちの研修や

伝統文化の調査研究などを行う

イザイア財団を運営しています。



理事長のマッシミリアーノ・イザイアさんに

お話しを聞いてきました。


工場へ行くと真っ先に

マッシミリアーノさんのもとに駆け寄って

親しい挨拶を交わしたのは

研修を経て工場に入社した

18歳の女子。


「仕事が楽しい!」と

目をキラキラ輝かせて話してくれました。


財団では10代の若手をリクルートし

「若い彼らに、私たちが持っている、

職人技へのパッションを伝えること、

そして仕事と伝統文化を

理解してもらうことが大事なのです」

とマッシミリアーノさん。


ナポリには経済格差の厳しい地域があり

不登校など問題を抱える子たちも多いが

さまざまな境遇を乗り越えて

成長していけるよう支援している

とのことでした。


イザイア財団では、

学校に出向いて仕立て技術や

ナポリの文化を教える

出前授業も行っています。


まるで家族のように

理事長はじめ、職場の大人たちが

温かく若い子たちを育てている様子は

イタリアならでは。

もともとイタリアの服飾ブランドは

家族経営の工房が原点でもあります。


仕立て工場は分業化され

各セクションごとに

若い子たちへの指導が行われています。







「熟練が求められる仕事ではあるけど

最初は、やさしい仕事を任せて

自信を持ってもらうようにしています。

“自分もうまくできる”

という自信が情熱に火をつけるのです」


とはグループリーダーの女性。


工場には約350人が働いており

研修生は毎年、十数名入社するそうです。


一方で、この道、数十年という

超熟練の職人さんも各セクションにいらして

素晴らしい職人技に圧倒されます。



昼食は社員食堂で社員の誕生日会が

行われていました。

家族的な、まさにアットホームな職場環境!


昔、日本でも私が新入社員だった頃は

昭和の家族的な雰囲気というのが

企業にあったことを思い出しました。

私も某アパレル企業でしたが。


会社は人を育てる、

という仕事の原点を

歴史と文化のなかで

受け継いできたナポリの企業に

人材育成の本来の姿を見た視察でした。


いま、横浜市では建設業の

若手人材確保の取り組み支援も

業界団体のコンソーシアムを設立し

スタートさせたところですが

人手不足の日本の私たちも

参考にしたいヒントを頂きました。


Mia財団については続編にてレポートします。