母が寝ている間に

私は車で

母のアパートに

とんぼ返りしながら、


これはいよいよ

大変なことになっていると

胸が早鐘を打つように

轟きました。



妹はまだ蓼科への

移動中で、

家族だけで楽しい旅行を

満喫している所です。



今はラインや電話をして

邪魔せずに、


まずはとろみをつけて

色々やってみた後

夜に電話しようと

思うのですが、


私は不安で

たまりませんでした。



母もこんな風に

自分のあっという間の変化に、


ずっと不安と恐怖とで

1人でおののいているのだと

実感しました。



猫たちは私が戻ると

駆け寄って来てニャーニャーと

さかんに喜びましたが、


私は「ごめんねー、

急いでるから、

また明日ねー」と

猫たちをかわして、


急いでだし醤油と

片栗粉を持って

ドラッグストアに立ち寄り

とろみゼリーを買って、 


またナーシングホームに

急ぎました。



私が離れている間に

母が目を覚ましたら、


母は起き上がる事も

キョロキョロすることも

もう出来ないので、


すごく不安になるから

私を呼んでしまうのだと、

よくわかったのです。



個室に戻ると、

母はまだ

くうくうと寝ていたので

私はホッとしました。



午後も痛いと言ったり

苦しいと言ったりしたので

私はまた看護師さんに

相談しに行って、


初めてとろみゼリーを使って

オキノームを飲ませました。



とろみゼリーを使っても

とろみゼリーだけが

母の舌の上から

なくなってしまって、


オキノームが舌の上に

いつまでも残っているので、


結局お茶を

何度も何度も飲ませたら

やっとオキノームが

舌の上から喉の奥に

行ってくれました。



オキノームを飲んだ後の母は

痛いとか苦しいは

言わなくなったかわりに、


「つまらない」

「退屈だ」とさかんに言って

「なんか話して」と

私に頼むので、


私は母と私達の

昔の思い出話を話したり

夫や息子の事を話したり

妹家族のことを

話したりました。



母は複雑な話は

もう理解できない様子で

「わかんない」と

言うばかりでした。



もう母は私の方に

顔を向けることは

出来なくて

天井を見たままだから、


私は覗き込んで

母の顔の上に

自分の顔をおいて、


ありふれた雑談のような

よもやま話を

話し続けました。



母は「そうなの」

「そうだね」と

私の話に相槌を打ったり、

時々質問したりしました。



ふいに母が私に

「ねぇ〇〇(私)、

ママ、

がんなの❔


違うでしょう❔


違うよねぇー。」と

言ったのです。



私が

「ママはがんなのよ。


だからここに私と

いるんでしょう。」と

母に言うと、


「あぁ〜、

そうなんだぁ…。


ママ、

がんなんだぁ…。」と

母が言ったので、


私はグッとなって

たまらなくなって、


「お茶飲もう。

ママも飲む❔」と言って

立ち上がって、


母に背を向けて

泣きながら

お茶を淹れました。



「飲まない。」と

母は言って、


「そうかぁ…。」と

天井を眺めていました。