いきなり手紙の文面を書いても
他の人には
これまでの父と母の
いきさつがわからず、

父が書いている事が
さっぱりわからないと
思いますので、

手紙にいたるまで
父と母にあった事を
先に書く事にします。


私を産むまでに
母は2回
流産しています。


札幌オリンピックを前に
札幌ロイヤルホテルの立ち上げで
父が料理長に
就任する事になった時、

今まで2人きりに
なった事がなく
弟子の若い衆さんを
ゾロゾロ引き連れては
食事屋さんで
ご馳走されるばかりで
ロクに口も聞いた事がなく、

つき合っているのかも
定かでなかった
7つも年上の父から、

好きだとも愛してるとも
言われないうちに
「一緒に札幌に
ついて来てほしい」と
いきなり言われたのだと、

私達は何度も母から
聞かされています。びっくり


私だったら
もしも好きな人からでも
突然そう言われたら、

さすがに
「えぇ〜ガーン」と当惑して
そもそも私達
おつき合いしているの❔
私の事真剣に
愛してるの❔くらいは
質問するのですけれど、

若い母は
親兄弟の反対を押し切って
結婚式も挙げずに
急いで入籍だけして
父と一緒に船に乗って
札幌に渡って
しまったのですから、

2人の恋の炎は相当
燃え上がっていたようです。笑い泣き


ところが、
六本木6丁目で
八幡船という料理屋を
経営していた父は
芸能人やスポーツ選手に
友達がたくさんおり、

大層浮わついた生活を
していたようです。


母も名前を忘れたという
女優の玉子が
なんと札幌まで父を
追いかけて来て、

困った父がその女性に
アパートを借りてあげていた
ようなのです。ガーン


父を探しに行った
妊娠初期の母が
2人がそのアパートに
いる所を見つけて、
ショックで流産して
しまいました。悲しい


結局、

母はハッキリと
その名前を言ったけれど
私はすっかり忘れてしまった
女性と同じ事務所の
大御所の女優さんが、

札幌までわざわざ
船でやって来て
父と女性に説教して
母には詫びを入れて、

女性を連れて2人で
東京に帰ったそうです。


その時母は
離婚しようとして
祖母に電話をかけたのですが、

1度自分で決めて
結婚したのだから
帰って来ないで踏ん張れと
逆に言われてしまったそうです。ガーン


実質的な
おつき合い期間ゼロで
結婚する母といい、

捨てないでと札幌まで
追いかけてくる
女性といい、

実家に帰りたいと泣きつく
傷ついた娘を突き放す
祖母といい、

登場人物がみんな
熱すぎて、
私には
全然理解出来ません…。ガーン


自分を追いかけて来た
女優の玉子についほだされて
アパートまで借りちゃう
父だけが、
ダメな男として
私にも唯一
理解出来ます笑い泣き


男性というものは
本当に、
どうしようもないですねえー


昭和という時代は
女性にとって
離婚はかなりハードルが
高かったようです。真顔


知り合いも誰もいない
札幌ですものね…真顔


その後母は
また妊娠するのですが
不幸なことに、

父の仕事を手伝っていたのが
たたったのか、
今度は妊娠8ヶ月で
流産してしまうのです。悲しい


そこから両親は何年も
子供が出来ませんでした。悲しい


だから私達姉妹は
父と母の時代としては
かなり遅く出来た子供です。


私を妊娠した事は
父と母にとっても
娘夫婦の行く末を
ずっと案じていた
祖父母にとっても、
待望の事だったと
思います。