「私の父は
がんになったの。


がん自体は治療して
退院していたのだけれど、

新潟に住む父の兄夫婦が
お見舞いに来たいと言って
ある時うちに
泊まったの。


でも、
やって来たその人達は
伯父さん夫婦では
なかったのよ。


私もつい最近になって
母から聞かされて
やっと知ったんだけど、

やって来たのは
父の義理の姉と
義理の姉の恋人で、

つまりどっちも
他人だったの。


伯母は昔は
古町の芸妓さんだったと
本人は言っていたのだけど、

お稲荷さんのキツネに
そっくりの顔で
すごく蓮っ葉な話し方を
する人だったから、

初めて会った時は
子供だったけど
心の中でびっくりしたわ。


何か水商売のお仕事は
していたのだろうけれど、
芸妓さんは嘘だと
私達は思ってる。


伯母はS学会の熱心な信者で
恋人はS学会の幹部で、

救われない人を
折伏(入信の勧誘)する名目で
その頃は2人で
遊び歩いていたらしいの。


伯父と伯母は夫婦としては
もう終わっていて、

伯父は伯母の事は
もうどうにもならなくて
ほったらかしに
していたみたい。


伯母が遊ぶ金ほしさに
父の事を思い出したのが
運のつきだったのよね…。


私は関西の大学に行ったから
2人とは会っていなくて
全部伝聞なのだけれど、

S学会の教えを信じれば
病気も治るし
何もかも良くなるって
激しく入信を
すすめられて、

何べん断っても
出て行ってくれって
父と母が何度頼んでも
2人とも全然うちから
出て行かなくなったのよ。


もちろん伯父にも
父の親戚にも話したし、
警察にも相談した。


警察からは
『民事不介入』って言われて
身内の揉め事は
自分達で解決してくれの
一点張りだったみたい。


大人2人が
家に居座ったら、
もう何をしても
テコでも動かせないのよ…。


向こうは入信しろって
ずっとワアワア言ってるし、

私も電話で話そうとしたけど
全然話が噛み合わなくて、
誰が話しても
駄目だった。


それでとうとう母は
たまらなくなって
身の回りのものだけ持って
妹達と家を脱出して、

親戚の人が持っている
二間しかない貸家の2階に
間借りしたの。


私達の家には
2人と父が住むみたいな
ものすごくおかしな事に
なってしまって、

母が後から荷物を
取りに行った時に
東京オリンピックの記念硬貨とか
クロコダイルのバッグとか
毛皮とかが
なくなっている事がわかって、
大騒ぎになったの。


多分、
手持ちのお金がなくなった2人が
金目のものを質屋か何かに
入れたのでしょうね。


2人は最後まで
認めなかったけど、
そんな事出来る人は
他にいないもの。


他にも神棚を外されて
庭で燃やされたり、
うちはもう何もかもが
めちゃくちゃになったの。


そのうち2人は
やっと出て行ってくれて、

ホッとしたのも束の間、

しばらくたってから
今度は父が
消えてしまったの。


会社に問い合わせたら
まだ定年前なのに
父は私達が知らない間に
退職してた。


ほうぼう探して問い合わせて
富山の叔父さんに電話したら
新潟にいるって言われて、

母と私で特急電車に乗って
新潟まで行ったけれど
ここにはいない、
知らないって言われて、

どうにも出来なくて
また2人で電車に乗って
トボトボ帰った。


そうしたら、
今度は市役所から
家を売ろうとしているか
問い合わせの手紙が来たの。


2人が父と母になりすまして
うちを勝手に売ろうとして、

家の権利書をなくしたって
うちの名字の印鑑を持って
地元の司法書士さんの所に
行ったみたいなんだけど、

どうも様子がおかしいって
市役所に問い合わせを
してくれたのよ。


その司法書士さんが
気づいてくれなかったら
うちは知らない間に
売られてしまう所だったから、
本当に危なかった。


それからもずっと
父の居場所はわからなくて、

弁護士さんにも母と一緒に
相談しに行ったけれど
着手金が高すぎて、

払えなくて諦めて
帰って来たりしてた。


相談料だけで
30万円もかかったのよ…。


それから1年くらいして、

お正月休みの時に
富山の叔父さんから
「今から兄が帰る。
◯時に着く」って
突然母に電話があって、

駅に母と私で
急いで迎えに行ったら、

見たことがない
ボロボロの服を着て
今にも死にそうな様子の
ガリガリの父が、

バッグ1つでフラフラになって
改札に現れたの。


父はものすごく
お洒落な人だったのに…。


すぐ入院したけど
それから1ヶ月で
多臓器不全で
父は亡くなった。


退職金も
たくさんおりたはずなんだけど
父のバッグには
通帳も印鑑も
何もなかった。


夜中で私達誰も
看取ってあげる事が
出来なかった。


病院にお見舞いに行った時
父に話を聞いた所では、

新潟では
ずっと離婚しろって
みんなに責められ続けて、

絶対に離婚しないって
頑張ってたら、

荷物を取り上げられて
一間だけの小さな貸部屋に
押し込められて、

最後は富山で
暮らしてたんだって。


父は結婚するまで
働いたお金をずっと
自分の兄弟に送金してたのに、

最後までお金だけ
むしり取られて、
着の身着のままで
ポイッて捨てられたの。


実の兄弟なのにね。


S学会の人が
みんなこんな風な
金の亡者だとは
思ってないけど、

熱心な信者がよってたかって
折伏の手法を使って
人を洗脳しようとしたり
人の家庭をめちゃくちゃにしたり
人の家の神棚を
勝手に燃やしたり
実の兄弟を閉じ込めて
餓◯しそうなくらい放置して
お金やものを巻き上げたのは、

事実なんだよね…。


伯父さん達は誰も
父の葬儀には
来なかったんだけど、

その後富山の叔父さんから
電話があって、

『兄の服とか靴とかあったら
何でも着るから
送ってくれ』って
言われたの。


あの人達は
人じゃないって
ずっと思っては
いたけれど、

それを聞いたら
ゾ〜ッとして、

もう怖くて
恐ろしくて、

合い鍵も作られてるから
いつ突然やって来るか
わからないし、

二度とかかわりたくない
家探しされたくない
その一心で、

みんなで慌てて
父の服や靴を全部
ダンボールに詰めて、
すぐ富山に送ったの。


だから父の遺品は
着物と陶器と
あとアルバムしか
残ってない。


それから一度も
新潟と富山の親戚とは
連絡取ってない。


父の家も、
もう近所中の
噂になってたから、
仕方なく
売る事にした。


もうあの土地には
とても住めないって
思ったから。


でも、
私の夫は中学校の
同級生だったから、
私だけは
そういうわけには
いかなかった。


結婚する時は
夫の叔父さん叔母さんに
反対されたし、
結婚してからも
随分色々言われた。


今はとっても
可愛がられてるし
叔母さん達とも
すごく仲良しだけどね。」


なるべくかいつまんで
淡々と短く
言ったつもりですが、

結構長く
話してしまいました。