ビリー・ジョエルのコンサートで

1月24日に上京するから、


良かったら25日に会いたいと

九州に住む友人Mちゃんから

昨年連絡を

もらっていました。



実は、

連絡をもらった時は

母の具合が

坂道を転げ落ちるように

悪くなっている時

だったのですが、


万が一

行ける状況でない時は

早めにお断りすれば

よいと思ったので、


母の事は何も言わずに

とりあえず

会う約束をしていました。



果たして

母は11日に亡くなり、


葬儀も21日に終わったので

母の部屋の片付けを

妹と一緒に休む事にして、


25日には普通に

Mちゃんと会いました。



Mちゃんは大学を卒業して

私が最初に入社した

大手証券会社の同期で、


結婚してしばらくしてから

ご主人のご実家のある

九州に引っ越しました。



今はご主人のご実家を継いで

夫婦で貸しビル業を

営んでいます。



1年しか一緒に

働いていなかったのに

年賀状のやり取りが

今まで不思議と

ずっと続いていて、


アメブロを始めた2019年

夫の会社の同期会で

福岡に旅行した時に

私は思い切って電話して

連絡を取り合い、


退職以来はじめて

Mちゃんに再会して、


その時やっとラインを

交換しました。おねがい



「久しぶり〜❗爆笑

元気だった❔」から始まり、


「ご家族はお元気❔」と

Mちゃんから聞かれた時、


昨年母が

末期がんと診断されて

妹と一緒に面倒を

見ていたこと、


11日に亡くなって

葬儀を終えた事を

伝えました。



時々泣いてしまいながら

話しながら、


「あぁ…。


私、

母のことを誰かに

聞いてほしかったんだな。」と

感じました。



私は妹と2人で

がんというひどい敵に

立ち向かった母を

一緒に支え続けて、


そして母を

過酷にも

永遠に失って、


悲しみやら喜びやら

達成感やら後悔やら

湧き上がる

色んな感情が

まだ総括出来なくて

心の中が

ぐちゃぐちゃで、


私のたった1人の

大切なママが

どんな人で、


どんな風に

最期まで

頑張って生きたのかを、


誰かに知っておいて

欲しかったのです。



ひととおり

話し終えた後、


「なんだか、

私の事ばかり話しちゃって

ごめんね。



聞いてくれて

ありがとう。



Mちゃんの

お父様とお母様は

お元気❔」と

私は言いました。



「うん。

お陰様で

うちは父も母も元気。」と

Mちゃんが答えたので、


「それは何よりだわ。

今もずっと京都❔」と

私が言うと、



「そう。

ずっと京都。



でもね。



◯ちゃん。



父は私の

本当の父だけれど、

母は本当は

私の生みの母ではないのよ。



私の本当のお母さんは

私が小学生の時に

亡くなったの。」



いつも穏やかで優しい

Mちゃんは、


私が泣きながら

母を看取った話を

しているうちに、


ふと何かの扉を

開けたらしく、


いつもよりさらに一層

穏やかな調子で、


まるでスケート靴で

凍った湖面に

そっと滑り出すように、


Mちゃんの

本当のお母さんの話を

静かに話し始めました。