葬儀の前日に
葬儀屋さんから、

「『導士入場』などの
司会進行は
こちらで行いますから、

◯◯さんは
告別式の後と
精進落としの前と
精進落としの後と、

3回ご挨拶を
お願いします。」と
言われていました。


火葬式の時も
お振る舞いの前と後に
私は挨拶をしました。


お通夜がある時も
同じかもしれませんね。


喪主は合計で5回も
挨拶するのですねアセアセ


私は最初は
火葬式の時と同じく、

型通りのものを短く
簡単に言うつもりで
おりました。


けれど、

いとこの読経を聴きながら
ふるさとのお寺の本堂で
母の成仏をいっしんに
お祈りしているうちに、

母をよく知る娘の私にしか
言えない事を
皆さんの前で最後に
お話してもいいのではないかと、

段々思ってきたのです。


そこで、

私はその場で自分の頭に
浮かんだ事をそのまま
ゆっくりと皆さんの前で
話す事にしました。


その挨拶を備忘録として
なるべくきちんと
思い出しながら
ここに書き留めてみようと
思います。


「本日はお忙しいところ、
亡き母 ○○○○の葬儀に
ご参列いただき、
誠にありがとうございます。


母が幼い頃、祖父は
『人は
引き潮の時に旅立つ』と言って
よく暦を
見ていたそうです。


祖父の言葉の通り、
1月11日の新月の夜
ちょうど引き潮が
始まった時に、
母は静かに
最後の息を
引き取りました。


享年84歳でした。


昨年の8月8日に
母はがんの告知を受けました。


治療は何も
出来なかったのですが、
母はつい最近まで
穏やかに普段通りに
生活しておりました。


けれど、
年が明けた頃から
容態が急変して、

最後まで私達に
見守られながら、

母は眠るように
安らかに
旅立ちました。


ここ◯◯院は
私達も子供の頃
走り回って遊んだ、
母のふるさとです。


母は自分が
◯◯院の娘であることを
生涯誇りに
思っていました。


そして帰省の時は
『お父さんお母さんに会える』
『兄貴に会える』と言って
いつもウキウキして、
ふるさとに帰るのを
とても楽しみに
していました。


あまりにもあっけない別れで
まだ心の整理が
つきませんが、

母が今は
自分が生まれ育った
ふるさとの◯◯院に
やっと帰って来て、

先祖や親戚や祖父母や
父に迎えられて
のんびりと楽しく
過ごしていると思うと、

私達
遺された家族としては
安堵する思いです。


皆様の生前の
母へのご厚誼に
心から
感謝いたします。


この後、
ささやかではございますが
精進落としの席を
もうけておりますので、

最後まで
おつきあい下さる方は
どうぞ客殿2階の
奥のお部屋に
お移り下さいませ。


本日はご参列いただき
誠にありがとう
ございました。」


精進落としで
皆様のお席を回る時に
最後の挨拶が
とても良かったと、

色々な方が笑いながら
あるいは泣きながら
私に声を
かけて下さいました。


母が喜んで
くれていたらいいなと
思います。