5年前に来た時は
土砂崩れで奥社への道が
塞がっていて
登れなかったので、
奥社は私にとって
初参拝でした。




上のサイトからご由緒を
しばらく引用します。


奥社である
厳魂神社のご祭神は
厳魂彦命様です。
生駒家の家臣の子で
「宥盛」というお名前です。


高野山で修行した後
金毘羅大権現別当金光院主として
戦乱で荒廃した金毘羅山の
再興に尽力し、
金毘羅信仰の礎を築きました。


慶長18(1613)年
「死して永く当山を守護せん」と
言い遺して、
天狗と化して忽然と
姿を消したそうです。


後に「金剛坊」と呼ばれ
金毘羅宮様の守護神として
祀られたそうです。


厳魂神社は今も
御本宮の方角を向いて
祀られているそうです。


やっぱり、神様は
天狗さまなんだ❗びっくり
だから高尾山と
雰囲気が同じなんだ❗と
思いました。



ここからは一層
山の神様の気が
強くなって来ました。



雰囲気が変わったのが
写真から感じ取れると
いいのですが…。


参道には所々に
摂社が祀られています。



常磐神社です。
天孫降臨の武雷尊様と、
八幡様とも呼ばれる
誉田別尊様がご祭神です。
八幡様は氏神様です。
ここでお会い出来て
嬉しい❤おねがい



白峰神社です。
崇徳天皇と
ご母堂の待賢門院様、
大山祇神様が
ご祭神です。
源為義公と源為朝公が
随神として付き従っています。


保元の乱で破れた崇徳天皇は
保元元(1156)年に
讃岐に流された後、
金毘羅大権現を崇敬し
境内の古籠所に参籠して
御所の尾という場所を
行宮にしたそうです。


白峰神社様に
お参りするのは初めてなので
丁寧にご挨拶しました。


神社の雰囲気から
崇徳様は厳しいけれど
優しくて懐が深くて
とても素敵な方だったのだなぁ、
私、ここ、
大好きだなぁ…と
思いました。おねがい





御本宮の785段から
奥社の1368段までの途中は
ほとんど誰にも会わず
一人でひたすら
黙々と歩きました。


霊山登拝は
それ自体が修行の一つだと
いつも感じます。


疲弊してヘトヘトになりながら
ひたすら頂上を目指すと
日頃の小さな悩みや
虚栄や虚飾は
全部剥がれ落ちて、

ただの一個の肉体になり
心がどんどん無垢で
シンプルになります。


5年前に登った時、
まだ妹家族は
悲しみと苦しみの
まっただ中でした。


私の心も苦しくて、
5年前の夜、同級生に
号泣しながら打ち明け話を
した記憶があります。


あれから色んな事が
霧が晴れるように
良くなっていきました。


私自身も
妹達も
生きていれば
働いていれば
今も小さな悩みは
ありますが、

食べ物や着るもの
住み処に困らず
みんながただ笑って
幸せでいてくれたら
本当はもう
それだけでいい、

世の中の人みんなが
争いもなく天災もなく
暮らしにも困らず
毎日笑って
暮らしていてほしい、

うまく説明が
出来ないけれど、

今ここにいて
生きているだけで
私は最高に幸せだから、

世の中の人みんなも
いつまでもいつまでも
幸せであってほしい、

苦しみや悲しみや争いが
どうかこの世から
なくなってほしいと、

ランナーズハイで
おかしくなったのかも
しれないけれど、

何とも言えず
幸せな気持ちでいっぱいになって、

私は歩きながら
涙が流れて流れて、

仕方ありませんでした。



補陀洛山のしるし❗びっくり


千葉の館山のお寺には
高野山と同じく
この不思議な亀さんの石碑が
建っていました。


とあるブログで
補陀洛信仰は
捨て身の行ではなく、
政敵から逃げる人を
補陀洛舟で沖に出て
黒潮の流れに乗らせて、
ある程度の日にちで
見当をつけて
相模や上総や下総などの坂東では
待ち構えて沖に舟で出て
補陀洛舟を回収し、
無事落ち延びさせたのだ
という説を
展開している方が
いらっしゃったのです。


この補陀洛山の石碑は
その計画を知っていて
秘密裡に協力するお寺の
(落ち延びて来た人を
匿って守る)
目印ではないかと
そのブログでは
書いていました。


そして、
その計画を主導したのは
潮の流れの知識に長け
お寺のネットワークで
京都にも関東にも通じた
空海様ではないかとも
書かれていました。


本当の所はわからないけれど
私はその説は
荒唐無稽な話ではなく
十分あり得る事だと
思っています。
補陀洛舟は
釘で入口が打ち付けてあるし
追手も中をあらためたりは
しないでしょうしね。



次に菅原神社の横を
通りました。


菅原道真公は
讃岐守でした。
氏神様のご祭神なので
遠い地でお会い出来て
嬉しかったです。おねがい



まだまだ登ります。


やっと、
やっと着きました〜❗
嬉しい…えーん



威徳巖という
崖の岩です。
ここで厳魂彦命様が
修行していたそうです。
崇徳天皇もここで
参籠したと考えられて
いるそうです。



この巖の下には
天狗の彫り物があります。
すごく高い所にあるので
どうやって!?とびっくりします。
ガーン



拡大しました。
まだわかりにくいくらい
遠くにあります。



本当だ❗
すごいですね❗びっくり


厳魂神社からは
さらに遠くまで見渡せます。



奥社だけでいただけるお守りを
無事授かる事が
出来ました。おねがい



嬉しい❤おねがい


さぁ、
かなり陽が落ちて来たので
急いで降ります。



下りはあっという間ですね。
飛ぶように降りました。



白峰神社様、
さようなら❗
また絶対
ここに参ります❗おねがい



御本宮に着きました❗


この山の気とも
お別れだわ…。

高尾山の時もそうなのですが
いつも降りる時は
後ろ髪を引かれるように
立ち去り難い
気持ちになります。



やっと来られたのに
さみしいです。



ここで御本宮に
お参りしました。
前回のお礼と
今回の祈願とを
いたしました。



無事お礼参りが出来て
とても嬉しいです🎵おねがい


前回も授かった
幸福の黄色いお守りを
また授かりました❤


ふっくらしていて
福々しいです❤


名残惜しいけれど
さようならです。



ありがとうございました❗



また参りますから
どうか私の事を
忘れないで下さいね。



三穂津姫命様をお祀りした
お社が帰り道に
ありましたので、
最後にお参りしました。





無事奥社に初参拝できた事に
心から感謝いたします。