第1部④ 日常の崩壊

廊下の奥から、姉の怒鳴り声が聞こえる。

「どこやったのよ!!」

ガタン、と何かが倒れる音。

俺は思わずそっちを見た。

「また始まったな」

妹は小さくため息をつく。

「今日は特に機嫌悪いね」

「いつもじゃん」

俺が言うと、妹は少し笑った。

その時。

バンッ!

姉の部屋のドアが勢いよく開く音がした。

「悠真!!」

廊下に響く声。

……来た。

妹は一歩だけ横にずれる。

俺の方をちらっと見て、小さく囁く。

「がんばって」

他人事みたいな言い方だ。

次の瞬間、姉が廊下に出てきた。

髪は少し乱れている。

顔は完全に怒りモード。

「ちょっと来なさいよ!」

俺は小さく息を吐いた。

「何?」

「何じゃないわよ!!」

姉は俺の腕を掴んだ。

ちょうど、学校で擦りむいた方の腕だ。

「痛っ」

「うるさい!」

そのまま自分の部屋に引っ張る。

机の上を指差した。

「これ見なさいよ!」

机の上にはアクセサリーケースが置いてあった。

空いている。

「私のネックレス知らない?」

「知らない」

即答した。

本当に知らない。

姉は目を細める。

「絶対あんたでしょ」

「なんで」

「だって家にいるのあんたしかいないじゃん」

「俺、学校行ってたけど」

姉は一瞬黙る。

でもすぐ顔をしかめた。

「じゃあどこいったのよ!」

机をドンッと叩く。

俺は肩をすくめた。

「知らないって」

その時だった。

廊下から、妹の声が聞こえた。

「香菜」

姉が振り向く。

妹がドアのところに立っていた。

スマホを持っている。

「何」

イライラした声。

妹は少し困ったような顔をして言った。

「さっきお母さんから連絡来た」

姉の眉がぴくっと動く。

「は?」

「今日こっち来るって」

空気が、少し変わった。

姉は目を見開く。

「は?なんで」

姉はスマホを見ながら言う。

「なんか話あるって」

沈黙。

俺は二人を見た。

母さんが来る?

珍しい。

姉は舌打ちする。

「最悪」

そう言いながら、机の上をぐちゃぐちゃと探し始めた。

ネックレスを探しているらしい。

その後ろで。

妹が一瞬だけ、俺の方を見た。

目が合う。

妹はほんの少しだけ――

意味ありげに笑った。

俺はその表情を見て、なんとなく思った。

……あいつ、何かやってるな。

でも。

何をやっているのかは、まだ分からなかった。

 次 へ ↓