第1部① 主人公の日常
朝は、だいたい怒鳴り声で始まる。
「ちょっと悠馬!!まだ来ないの!?」
壁越しに響く姉の声で、俺は目を覚ました。
目覚まし時計より早い。
布団の中で一瞬だけ天井を見る。
……呼ばれてる。
理由はたぶん、たいしたことじゃない。
それでも行かないと、もっと面倒になる。
俺はベッドから起きて、廊下に出た。
足取りは自然と重くなる。
姉の部屋の前で、軽く息を吐く。
ノックはしない。
したところで怒られるだけだ。
ドアを開けた。
「……呼んだ?」
その瞬間だった。
「遅い!!」
怒鳴り声と同時に、姉が手に持っていたヘアアイロンを振り上げる。
次の瞬間、腕に押し付けられた。
ジュッ、と嫌な音がした。
「っ……!」
声を押し殺す。
まだ朝だ。
叫ぶと、さらに面倒になる。
「何ぼーっとしてんのよ。普通もっと早く来るでしょ」
姉はそう言いながら、今度は腹を蹴った。
ぐっと息が詰まる。
理由は分からない。
多分、姉の中では何か理由があるんだろうけど。
俺には関係ない。
姉は髪をかき上げながら、興味を失ったみたいに言った。
「もういい。邪魔」
そのまま俺の横を通り過ぎ、部屋を出ていく。
ドアがバタンと閉まった。
……静かになった。
腕がじんじん痛む。
俺は何も言わず、ゆっくり廊下に出た。
すると。
「……大丈夫?」
声がした。
顔を上げると、妹が立っていた。
姉の部屋の方をちらっと見てから、小さく近づいてくる。
俺の腕を見て、眉をしかめた。
「また?」
「まあ……うん」
妹はポケットを探り、何かを取り出した。
冷えピタ。
それを俺の手に乗せる。
「冷やしておきなよ」
「ありがとう」
俺がそう言うと、妹は少しだけ安心したように息を吐いた。
それから、小さな絆創膏を取り出して僕に差し出す。
「あとこれ」
「……?」
「…持ってて」
妹はさらっと言った。
…本当に聡い子になったな。
俺は少しだけ苦笑して、それを受け取る。
「んじゃ。私は先行く」
「うん」
「…気を付けて行きなよ」
「そっちもね」
それはお互い分かっていることだった。
姉に見られると色々と面倒になる。
妹は少しして、玄関へ向かった。
そして、パタン、ドアが閉まる音。
家の中が静かになる。
両親とは別々に暮らしている。
だからこの家には、俺と姉と妹しかいない。
俺は自分の部屋に戻った。
制服に着替えて、腕に冷えピタを貼る。
残った絆創膏は、鞄のポケットに入れた。
鞄を持って、部屋を出る。
リビングは静かだった。
テーブルの上にはパンと牛乳。
姉の姿はない。
俺は椅子に座って、トーストを一口かじる。
静かな朝。
さっきのことが嘘みたいだ。
……まあ、いいか。
トーストを食べ終えて、牛乳を飲む。
鞄を持って立ち上がる。
玄関のドアを開けると、朝の空気が少し冷たかった。
学校に行かなきゃ。
そう思いながら、俺はゆっくり歩き出した。
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