第1部⑥ 姉と結婚


リビングの静寂の中、妹がスマホを手に動いた。
姉はまだソファに沈むように眠っている。

「悠真、ちょっと手伝って」

妹が低く囁く。俺は頷き、姉のそばに控える。
妹は静かにスマホで通話を開始する。
数分後、リビングのドアの向こうで控えめな足音が近づいてきた。

「来たわね」

妹が扉を開けると、スーツ姿の男性――姉の恋人、朔斗が入ってきた。
表情はいつも通り、ちょっと飄々としている。だが、目だけは冷静だ。

「……ああ、これね」
朔斗は妹を一瞥すると、すぐに状況を理解した様子だった。
「まあ、責任くらいいくらでも取りますよ」
淡々とした口調だが、結婚自体を拒むつもりはないことが分かる。

俺は朔斗に資料を手渡す。
そこには婚姻届と簡単な手続きの紙が入っていた。
姉はまだ眠ったまま。
動揺や抵抗は皆無で、まさに「寝ている間に」行うのに適した状況だ。

朔斗はペンを手に取り、婚姻届の欄にさらさらと記入する。
俺は隣で見守るだけだ。
妹は静かに指示を出す。

「荷物は執事たちが運ぶ。香奈はそのまま連れて行ってもらって」

リビングの奥から、黒いスーツ姿の執事たちが二人現れる。
荷物をまとめ、姉の背中をそっと支えながら、部屋を出ていく。

「これで完了よ」

妹は朔斗に軽く頷き、俺に目線を送る。
俺は小さく息をつき、安堵する。
姉が目覚める前にすべてが終わり、これ以上の混乱は避けられた。

リビングは静かに戻り、母さんも微笑んで座っていた。
妹は俺に向き直る。

「これで、あの人(香奈)に関わる問題は一段落。悠真も少しは平和に生活できるはず」

俺は頷いた。
やっと、家の中に落ち着いた空気が流れる瞬間だった。


第1部 完

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