ピンピンコロリじゃなくっても

 

こんばんはスター

 

 

昨日は父の命日で

こんな記事を書きました

 

 

 

 

 

夜になって

想いかえしていたら

いろんな思いが溢れてきたよびっくり

 

 

 

 

親の介護や死には

いろいろな考え方があると思うけど

 

 

 

我が家の場合

「ぴんぴんころりで逝きますよー」

なんて言ってたくせに

 

 

父は

脳梗塞で倒れてから

思いっきり

手がかかったわけでガーン

 

 

でも

それでよかったな

 

と思う

 

 

父は夜勤務のお仕事(ホストじゃないよえー)だったので

子どもの頃から

学校から帰るといつも寝ていた

 

なので遊びに連れて行ってもらったり

家族で食事に出かけたりってのは

数えるほどだったんじゃないかな

(食事中に父だけ仕事に向かったりしてたかな)

 

 

何か買ってもらうときに

母がいつも

「お父さんが買ってくれたよ」っていうので

存在感は大きかったけど

 

 

思春期になったら

ちょっとそっけなくしてしまったし

 

 

大人になって自分のことで忙しくなったら

相談相手はお母さん

 

 

でもいつも味方でいてくれたのはわかってたなぁ

 

 

口下手だったけど

愛情深いひとだったから

 

 

急にバイト先にコーヒー飲みに来たりして

仕事明けにわざわざ着替えて・・・

 

恥ずかしかったけど

ちょっと嬉しかったな

 

 

とか

なんだか思い出してしまった悲しい

 

 

もうちょっと

書いてもいいですか

 

オーナメント オーナメント オーナメント オーナメント オーナメント

 

 

在宅介護が始まって

母と兄家族と交代で

24時間付きっ切りで世話をした

 

 

体力的にはとってもしんどかったけど

 

 

父とあんなに一緒にいたことがなかったので

同じ時間を過ごして

いろいろ思い出して

しゃべってみたり

笑ったり

 

 

そういう時間が貴重だったと思う

 

 

 

これが

大人になって

別に暮らしてて

 

 

急に倒れてそのままマッサラ―マ(さようならー)では

あまりにも空虚すぎたんじゃないかな

 

 

 

なので

ぴんぴんころりじゃなくっても

お世話が必要だったってことも

 

よかったなと

 

今では思える

※当時は大変すぎて絶対にそんな風には思えなかったけどタラー

※現在介護中の方もそんな風には思えないと思います(すみませんお願い

 

 

 

この見えないトンネルの出口が明るくないということはわかってたので

いつも切なかったしな

 

 

 

 

最後まで生き切る様を見せてもらったことで

 

こうやって人は生きて

死んでいくんだ

 

でも父はずっとそばにいてくれる

 

とやっと思えたときに息を引き取りました

 

 

 

 

 

 

「さようならと出会いの繰り返し」

 

昨日upした

桑田さんの曲の歌詞が染みました照れ

 

 

 

 

 

 

 

日はまた昇るのさ

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最後までありがとうございました

浸ってしまった夜でしたとさてへぺろ