ピンピンコロリじゃなくっても
こんばんは![]()
昨日は父の命日で
こんな記事を書きました
↓
夜になって
想いかえしていたら
いろんな思いが溢れてきたよ![]()
親の介護や死には
いろいろな考え方があると思うけど
我が家の場合
「ぴんぴんころりで逝きますよー」
なんて言ってたくせに
父は
脳梗塞で倒れてから
思いっきり
手がかかったわけで![]()
でも
それでよかったな
と思う
父は夜勤務のお仕事(ホストじゃないよ
)だったので
子どもの頃から
学校から帰るといつも寝ていた
なので遊びに連れて行ってもらったり
家族で食事に出かけたりってのは
数えるほどだったんじゃないかな
(食事中に父だけ仕事に向かったりしてたかな)
何か買ってもらうときに
母がいつも
「お父さんが買ってくれたよ」っていうので
存在感は大きかったけど
思春期になったら
ちょっとそっけなくしてしまったし
大人になって自分のことで忙しくなったら
相談相手はお母さん
でもいつも味方でいてくれたのはわかってたなぁ
口下手だったけど
愛情深いひとだったから
急にバイト先にコーヒー飲みに来たりして
仕事明けにわざわざ着替えて・・・
恥ずかしかったけど
ちょっと嬉しかったな
とか
なんだか思い出してしまった![]()
もうちょっと
書いてもいいですか
![]()
在宅介護が始まって
母と兄家族と交代で
24時間付きっ切りで世話をした
体力的にはとってもしんどかったけど
父とあんなに一緒にいたことがなかったので
同じ時間を過ごして
いろいろ思い出して
しゃべってみたり
笑ったり
そういう時間が貴重だったと思う
これが
大人になって
別に暮らしてて
急に倒れてそのままマッサラ―マ(さようならー)では
あまりにも空虚すぎたんじゃないかな
なので
ぴんぴんころりじゃなくっても
お世話が必要だったってことも
よかったなと
今では思える
※当時は大変すぎて絶対にそんな風には思えなかったけど![]()
※現在介護中の方もそんな風には思えないと思います(すみません
)
この見えないトンネルの出口が明るくないということはわかってたので
いつも切なかったしな
最後まで生き切る様を見せてもらったことで
こうやって人は生きて
死んでいくんだ
でも父はずっとそばにいてくれる
とやっと思えたときに息を引き取りました
「さようならと出会いの繰り返し」
昨日upした
桑田さんの曲の歌詞が染みました![]()
日はまた昇るのさ
↓
最後までありがとうございました
浸ってしまった夜でしたとさ![]()

