土、日に自分の琴線に触れる事が多々あった
まず土曜日、、、
「ある施設」で、子どもたちと一緒にTシャツを作るという
毎年恒例のアゾット企画があった
この企画を始めてもう6年目になるだろうか、最初は違う施設での
始まりであった。
「ある施設」と固有名詞をここで明かせないのは、色々問題があるからだ。
その問題とは
一言でいえば、いじめ、差別、暴力、といった社会の中にはびこる
一番卑劣で陰湿な問題の事である
それもいつでも標的にされるのは、逃げる事も防御する事も
ましてや暴力の意味すらも分からない子ども達である
言葉さえもまだあまり分からず、会話さえまともに成り立たない
幼い子供達である。
「家族」
その中で一番力が強く、本来ならば身を呈して外的から
家族を守る役目の父親
その一番力の強い父親から最初は妻に暴力が振るわれる
次第にエスカレートした暴力は次に子どもに刃を向く
どうしょうもなくなり、その暴力から非難をしてきているのだ。
だが、その父親も実は子どもの時分に親から執拗な暴力を
受けていたというのだ
まさに暴力の連鎖、負の連鎖である。
話を戻す
その子達とうちの社員全員で、その場で乾く特殊なインクを
使ってTシャツに絵を描くのだ
最初のころ子供達は人みしりが強く、ぜんぜん元気がなかった
だがその子どもたちも、回を重ねるごとにイキイキと
参加してくれるようになった
今回は下書きまでして待っていた子達が何人もいた。
施設のスタッフの方曰く
「子どもたちは色々な事の多くは忘れているのですがこのTシャツの事
とそれを着てキャンプに行く事は心待ちにしているようです」
との事である。
正直言葉が詰まった
別に贅沢が悪いとは言わない
ただ
何不自由なく暮らし、しかもその事が当たり前だと思っいる
日々がどれだけ素晴らしいのか
再確認をする時間は絶対必要だと言い切りたい。。。
ここの子どもたちと、その子どもたちに本気で関わるスタッフの方々は
僕らアゾットの本当のティーチャーである
最後に代表の子が感謝の気持ちを作文にしてくれ、
それを読んでくれた
そして子供達全員が歌の合唱でお礼をしてくれた
あの何の掛け引きもない場の雰囲気は普段の生活では体験できない
あの雰囲気を会社内や、さらにお客様との間で作り出す事ができれば
ビジネスなんて簡単なのではないだろうか?
もっと言えば
普段みんながあの雰囲気を意識すれば、社会で起きている
事件や問題はある程度解決できるのではないだろうか?
生半可に福祉とかを口にする気は無い
ましてや打ち上げ花火で終わる善意ならやらない方がましである
それに押しつけがましいのも大嫌いである
俺も成人君主とは程遠い人間だ。
気づいた人間がやるべき事をやればいいのだ
自分は気づいてしまったから見て見ぬ振りができない
それだけだ。
それにやってあげたからはには代価を頂かないと続かない
お互い良い思いをする。 それが商いである。
代価は金銭的なものだけでは無く、精神的な成長を
いただくという無形の代価もありだと思う。
やって終わりではなく自分も何か得なくてはという心がなくては
バランスが悪い
これは俺の勝手な持論である。
日曜日、、、
話は思いっきりすっ飛ぶ
プライベートで遊びに行った帰りに気仙沼の港祭りに寄った
気仙沼港。 日本でも有数の港町である。
漁師の町の盛大な祭り、もっといえば気が荒い男たちの祭りである
全国から集まった太鼓の衆達、その数7~8百人はいたであろう
それが乱れずに、そろって太鼓の乱れうちである
時には襲いかかってくる時には大漁という恵みを与えてくれる海の
神に、挑んでいるようにも感謝しているようにも見えた。
面倒な説明はいらない
動きに深い意味は無い
ただ確実にぶつかり合ってる本能と本能の目には見えない
大きな力を感じた
普段のちまちました問題に過敏になっていた自分がおかしく
思わず心で笑ってしまった
本来の自分のように、もっと単純にもっと直観的でも良いんだと
いうことに気づき楽になったような気がした
土、日と目に見えない力に触れそして感じた
世の中にはたくさんのどうでもよい事と
数少ない大事なことがあるんだと
「気づかされた」
そんな週末であった。