工場も、会社も、お店も、すべて無くなりました
ですが、形が無くなっただけです。
今も復興に向けてスタッフ一同頑張っております。
今後に向けての前向きな心持や、
具体的な仕組みを考えるアイディアは、
自分達が諦めない限り無くならない
と考えております。
まだまだこの先の具体的な事を公言して約束する
無責任な事は出来ませんが、決して諦めない事だけは
この場で約束します。
ただ何度も申します通り、お客様への満足な対応が、
出来ていないことが、何よりも心が痛いところであります。
大変申し訳ありません。
ですが、日々生産体制を回復させています。
完璧に向けて、一分一秒を惜しんで行動しております。
勝手な言いぶんに聞こえるかもしれませんが、
以前のサービスを
いやそれ以上のサービスを
一刻も早く復興させます。 諦めません。
それと、
この場を使って今回多大にお世話になった
方々にお礼を申し上げます。
新潟長岡の㈱ウイングの 溝江さん
車の燃料や食料品の手配など本当に
ありがとうございました。
おかげさまで透析中の母親の命が助かりました。
義父の目が全盲にならずに済みました。
命の恩人です。
山形の奥山メリヤスの 幸平君そしてお父さん
そちらも物資が少ない中で分けていただいた缶詰などの
食料品。本当にありがとうございました。
スタッフ達に分けることができました。
京都の原染工の 原さんそして弟さん
僕の手を握って「無事でよかった」と号泣した心
生涯忘れません。
京都の西川商店の 社長そして二代目
何から何まですべてお世話をいただいて
お礼のしようがありません。
アゾットは今までも、そしてこれからも、西川商店ぬきでは
考えられません。
人間の良心を知りました。
地震当時、
十分前まで僕がいた本屋は津波で流されていました。
その後のテレビ映像で知りました。
友達は、前日に生まれた子供の出生届の最中に、自宅に
忘れ物を取りに戻ったところを津波にさらわれ、一週間後
に遺体で見つかりました。
十年間一つ一つ少しずつ積み重ねてきた会社が
目の前で一瞬で崩れました。
ですが命は拾いました
再スタートを切れば良いだけです。
まるで日本列島を横断するように
全国の仕事仲間に助けられました。
大切なのは唯一無二の真心だと気付かされました。
不謹慎に聞こえるかもしれませんが、
人間の紙一重の運命や、助け合いの心などを
短期間で体験して大きく学びました。
やはり一刻も早く我々は復興し、貢献という形で
恩返しをしなければならないと考えております。