「山の姿」-3(高原)
 
高原という言葉を聞いただけで、なぜか胸が躍ります。夏の林間学校や秋の紅葉狩り、
そしてススキが原のハイキングも思い出につながるからです。
高原というとなぜかさわやかな風と涼しさが連想され、遠い世界へといざないます。
 
日本人が自然に親しむようになったのは、明治時代に入ってからといわれています。
海抜1000メートルに位置する浅間山山麓の軽井沢は、
明治時代にイギリスの宣教師が避暑地としたことから発展し、日本の代表的高原になりました。
また富士山麓の御殿場もアメリカ村と呼ばれるようになり、外国人に注目され別荘地になりました。
その他にも那須高原、草津高原、志賀高原、蓼科高原、妙高高原などの、
関東地方から中部地方にかけての高原が注目されるようになり、
また九州には、久住高原やえびの高原などがあります。
どうも火山のすそ野や火山の地域と一致しているようです。
 
秋はリンドウや熊笹の野を吹き渡るあの風の音や霧の中で遊ぶ牧牛など、
高原の風景は、心地よいものとして我々をなごみの世界へと誘います。
 
しかし、高原は火山のすそ野と限ったわけではありません。
阿武隈高原や北上高原は、火山とは無関係で、両方とも古い時代の岩石でできている山です。
長い間陸地のまま露出していたため、風化や浸食を受けて緩やかになりました。
この風化や浸食で作られた地形を「高原山地」とか単に「高地」と呼ばれるようになりました。
この「高原山地」は古くから馬や牛の自然放牧場となってきました。
最近では山林や原野を人工放牧場に利用する傾向にあり、このような場所を「高原牧場」と呼びます。
日本の高原は、大体500~1500メートルの間にあり、垂直分布的にはブナ帯と一致します。
 
海外の高原というと、規模からしても日本のイメージとはがらりと変わります。
チベット高原は、世界の屋根といわれるヒマラヤ山脈に位置し、海抜も3000メートルもあります。
この地域は大小の湖がたくさんあり、出口のない湖のため、
どの湖も塩分濃度の高い美しいルリ色をしているのが特徴です。
アフリカの北半分は、ほとんど高原からなり、エチオピアのアムハル高原や、
サハラのタシリ高原などがあります。インドのデカン高原と同じように、
世界史の中でも最も古いころの岩石が平たく削られた上に、玄武岩という溶岩が広く覆っています。
北アメリカのコロンビア高原も玄武岩の溶岩台地です。
またコロラド高原やメキシコのアナワク高原は、1000~3000メートルの高さがあります。
コロラド高原は、古い地層が削られ、硬い部分が平たい形で突き出ていたりします。
これらの大陸の大高原は、砂漠や荒れた草原になっており、
日本の和やかな高原とは全く違った様相を呈しています。

 

「山の姿」-2(断層の山)
 
兵庫県の六甲山から見た神戸の市街地は、100万ドルの夜景などと表現され、
多くの人々に親しまれています。
六甲山は800メートルの高さから海面近くの市街地を望むことができますが、
この六甲山の急斜面は断層崖です。つまり断層運動によって生じた崖で、
その崖下には扇状地がつながり市街地を作っているのです。
 
断層とは地層を断ち切るという意味で、地球内部の圧力によって土地が深く引き裂かれ、
断層を境に一方の土地がもう一方の土地に対して、のし上がったり落ち込んだり食い違ったりして、
多くの場合崖が出来上がります。断層はあるラインを境に地殻の位置を変える現象です。
 
「地震断層」というのがあります。一般的には急激に起こるので、これが地震の震源の一つになります。
地震を伴うような断層は、1~2メートルからせいぜい数メートル程度の崖を生じます。
濃尾地震では、上下6メートル、水平2メートル動いて崖を作りました。
一般的には、大きくても6メートルを超えるものはないようです。
 
ところが山地と平地との間にある断層崖の高さは、数100メートルから1000メートルにも達します。
静岡県中富町の赤石山地の富士見山は、東斜面が1000メートルの高さの断層崖で落ち込みました。
その付近全体では1400メートルほどの落差を持っています。
このような断層崖ができるのは、1回で数メートルの落差が数10回、
数100回の間をおいて起こった結果で、高い崖になったと考えられています。
 
また飛騨山地の南の阿寺断層は、1000年あたり上下方向に1メートル、
水平方向に5メートルの割合で動き続け、800メートルの高さの断層崖になったと考えられています。
新しく動いた断層や動き続けている断層を「活断層」といいます。
 
松本盆地や諏訪盆地、中央アルプス、木曽山地の伊那谷側や西の木曽谷の斜面も断層崖です。
山を作る力が地球内部が急激に働く時とか、徐々に働いても岩石に圧力が加わるうちに、
岩石が物理的に耐えられなくなった時に断層が生じます。
日本列島が受ける造山運動で断層が生じますが、
この種の例は、アメリカ合衆国のカルフォルニア州の山地にも見られます。

 

「山の姿」-1(カールの山)
 
谷を上り詰めると、やがて川水はなくなります。そこを谷頭と呼びます。
その上は急に開け、山稜に直接つながる急斜面の浅い窪地に出ることがあります。
そこが草地になっていたとすると、深く切れ込んだ谷間の暗さから開放されて、
明るい気分にさせてくれます。その部分を流れる水は細く、谷を削り込むような水量はありません。
その細い流れと風化物の静かな移動で、浅く窪んでいるのです。
 
この谷頭の上の斜面は、普通の山地や丘陵地に見られるのですが、
高い山地の谷頭の上の方では、際立って深くへこんだ部分に出会うことがあります。
ちょうどアイスクリームをスプーンですくい取ったような形の谷で、これが「カール」です。
カールとはもともとオーストリアのある地方の用語で、
アルプスの氷河の浸食によって生じた丸い形の谷を指しています。
 
日本でも涸沢カール、山崎カール、七つ沼カールなどがあり、涸沢カールは穂高岳、
山崎カールは立山、七つ沼カールは日高山地の幌尻岳にあります。
日本のカール地形は、北海道の日高山地と日本アルプスなどの飛騨山地、赤石山地、
木曽山地に限られてあります。日本のカールの数は、70以上にもなります。
 
むかし赤石山地の仙丈ケ岳の北西斜面にある円形の窪地は、火山の噴火ではないかと思われていました。
噴火口だとすれば、当然火口から噴出した火山性の砂や礫、あるいは溶岩がなければなりません。
しかし調査が進んでも、火山起源の物質が見当たらないばかりか、古い硬い砂岩からできていたのです。
現在日本には氷河がなく、この地が氷河の浸食によるカールだと認めるまでには、
長い研究と論争を必要としました。
 
カールは平たい底と、これを円形に取り囲む岩壁から成り立っていますが、
もうすでに日本のカールは、風化が進み、カールを作る力を失ってしまいました。
しかしカールの底には、平面の形で三日月型の丘の高まりがあり、角ばったたくさんの礫が丘を作っています。
 
またカールの底が下の谷に臨む付近には、硬い岩石の丸い丘があって、表面はツルツルに磨かれ、
その擦り傷や丸のみで削ったような傷が見られます。
これは現在の氷河ヨーロッパアルプスやヒマラヤなどに見られる地形と同じ特徴を持っています。
モレーンと同じ地形です。
 
日本のカールの内部には、このような氷河の堆積や浸食でできた証拠が続々と見つかり、
日本のカールが、氷河の力でできたことを疑う人はいなくなりました。
 
カールの底には水が溜まって、小さな池ができているところがあります。
北アルプスの北穂の池、天狗池、五郎池などがその例です。
 
カールの底の高さは大体そろっていて、北アルプスでは平均2500メートル、
南アルプスでは平均2800メートルで、氷河時代の氷河がたまっていた、
およその高さを示していると考えられます。
 
氷河時代は過去100万年の間に何回か訪れ、北アメリカやヨーロッパの北半分は、
現在の南極のような大陸氷河に埋もれていたようです。
日本もその仲間入りできるのは、この日本のカールの山々なのです。