「宮脇昭先生」-2(文明は照葉樹林帯から)
 
「実は残念ながら植物の世界も偽物が横行しています。本物とは厳しい環境にも耐えて長持ちするもの。
  本来日本列島の大部分は、海岸からかなり奥地まで、太平洋側では北は釜石、
  日本海側では北の酒田市まで、タブノキ、シイノキ、カシノキが生えています。
  このシイ、タブ、カシ類が日本文化の原点、照葉樹林文化ともいわれています。」
 
照り葉で葉っぱが1年中落ちないんですよね。
「常緑で葉が広くて太陽の光に輝いて光沢があります。」
 
葉っぱがきらきら光る常緑の広葉樹ですけど、葉っぱが光るんで照葉樹ともいわれています。
「実は人類の文明は常緑広葉樹帯の森に発展したんです。西の方では地中海地方です。
  ここは雨が少なく、葉の硬い広葉樹のオリーブのように葉に毛があって葉の硬いものや
  カシの類が繁茂する。こうした場所であるメソポタミア、エジプト、ギリシャやローマ帝国も
  常緑広葉樹林帯で繁栄しています。その森はかつては人々を守ってきたわけですが、
  森の神様を成敗する王様が出てきて、どんどん木を切り倒していきます。
  こうして森の神様を敬う心がなくなり、森を破壊して都市ができました。
  こうしてメソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマも1000年も持たずに滅んでしまったわけです。」
 
今にして思えばギリシャもローマも岩山のようですね。木が生えていないんですからね。
「はい、一方で照葉樹林文化といわれる、北海道の山地を除いた日本列島、
  そして中国の揚子江の南からヒマラヤ地方まで、
  この一帯を照葉樹林文化帯と京都の学者たちは呼んでいます。
  いま偽物のサクラやヤナギなどは知っているけど、タブノキを知っている人は非常に少ない。
  この木こそが本物です。タブノキというのは、1番いいところにありました。
  池田弥三郎先生は、京都大学の先生ですが、その恩師である民族学者の堀内忍先生が、
  タブノキの古代史という本を書かれた時に、ある写真を見てこの大きな木の名前が分からないと、
  池田先生が私のところへやってきました。
  私はタブノキこそが日本文化の原点であるとお話ししました。多くの木は伐採されて、
  畑や田んぼにされ、今では鎮守の森にか残っていないと説明しました。
  浜離宮では200数10年も前に植えられた。本物とは厳しい環境に耐えて長持ちする。
  江戸の大火も関東大震災も焼夷弾の雨にも耐えて残っている。
  もう一つはシイノキです。シイノキには、スダジイとコジイがあります。
  関東地方ではスダジイだけですが、芝白金の自然教育園に200数10年前に作られた
  江戸屋敷とともに植えられたスダジイの大木ですが、今では天然記念物になっています。
  カシノキは、むかしから集落や火事を防ぐためにシラカシ、アラカシ、
  ウラジロガシなどが植えられ、西日を遮るためにも大変有効でした。
  このようにシイ、タブ、カシが日本文化の日本民族の原点であって、
  それを照葉樹林文化帯とも呼んでいます。」

 

「宮脇昭先生」-1(タブノキを知る)
 
宮脇先生には、ずっと教えられてきた先生です。お会いする機会はなかったのですが、
たくさんの著書で学びました。YouTubeに久米さんとの対談がありましたので追ってみます。
 
宮脇先生は岡山県の農家の4男として生まれ、現在の広島大学で学び、
卒業すると横浜国立大学の助手となり、日本中の 雑草や植物を調べ歩きました。
その調査が認められ、1958年にドイツに留学。生涯の恩師に出会います。
そして、その土地に本来育つ本物の森を作ることに力を注ぐようになります。
1960年に帰国、それまでに調査で回った土地に猛然と植樹を開始します。
その土地にあった広葉樹を数種類混ぜて植える宮脇方式の森は、日本はもとより、
海外にも広がっていきました。40年間で植えた木の数は4000万本。
80歳を越えた今も、1年のほとんどは植樹で全国を回っています。
横浜国立大学名誉教授、植物生態学者の宮脇昭先生です。
 
だいぶ前にテレビで拝見していまして、僕の書斎の窓の下の方に木の樹冠が見えていました。
その木は何だろうと思っていたんですが、先生のテレビを見て、
それがタブノキだと分かったんです。5階に住んでいるんですが、7年たってその木が大きくなり
書斎を覆いかぶさるようになったんです。このタブノキはむかし関東平野に生えていて、
今は浜離宮にタブノキが何本か集まって生えています。
このタブノキというのは、幹もそうですが葉にも大量の水が含まれていて、
特に火事の時などには防火林の役目をはたしてくれ、
我々にとって非常に大事な木だということを知ったのは、テレビで宮脇先生がお話ししていたからでした。
その後、タブノキを見ると宮脇先生を思い出すんです。
綺麗な花が咲いてどんどん伸びていきますね。これまでタブノキを知らなかったんですが、
この木はむかしから日本にある木で、タブとかシイとかカシとか。

 

「山の姿」-4(終)(山の湿原)
 
群馬、福島、新潟の県境の山の中にある尾瀬ヶ原は、1400メートルの高さにある湿原です。
本州では最も大きな湿原とされ、ミズゴケ、ヌマガヤ、ホロムイスゲ、ヤマドリゼンマイといった
湿原植物が豊富に茂り、湿原特有の景観を形作っています。
東北地方から北海道にかけては、湿原が低い平地に広く分布していますが、
北国では日射が少ないため水分の蒸発が少なく、排水の悪い場所では湿原になりやすいのです。
 
日本の山では、中部地方だと海抜1000メートル以上になると湿原がよく見られます。
一般的には山は、傾斜が大きくて水はけもよいはずですが、
出口をふさがれた谷や尾根の平坦なところの雪解けの遅い場所や常に湧水のある場所は湿原となります。
 
日光の戦場ヶ原や小田代原も火山帯に囲まれた大きな湿原となっています。
長野県の霧ケ峰高原にも八島ヶ原や池のクルミといった湿原があります。
これらは火山の地域で溶岩流や軽石流が火山の谷あいをせき止めたりしてできた凹みに池ができ、
それが次第に埋め立てられて湿原になりました。
 
湿原植物は、冷たい水の中で腐りにくい状態にあると、
枯れてもその遺体は繊維質が重なりあって層になります。
これを泥炭といい、湿原植物はその上に生えています。
池の水を植物の遺体が埋め尽くしているのが特徴です。
尾瀬ヶ原の泥炭の厚さは5メートル、群馬県の沼田付近の大峰山山頂にある大峰湿原の泥炭の厚さは
8メートルもあります。
 
山頂の緩やかな部分には、棚田のような形を作り、その水たまりには初夏、高山植物のミヤマイが芽吹き、
まるで苗代田のように見えます。三国山地の苗場山はそのよい例で、
むかしの人はこれを田んぼと見立て、神様や鬼が作った苗場と想像しました。
北アルプス白馬乗鞍岳の「神の田んぼ」、立山の「餓鬼の田んぼ」、八甲田山の「仙人田」も
こうして考えられた地形です。
東北地方の「月山」や北アルプスの「雲ノ平」にもこの種の田んぼがたくさん見られ、
雪の遅くまで残る場所や高いところにある緩やかな地形に山の田んぼが多く見られます。
 
(おわり)