「もう一つの人類」-8(進化は猿人→原人→新人の一直線ではない)
北からやってきた人類とは…。これを考えるヒントとして、馬場さんはある点に注目しています。
フローレス島からはるか離れた西アジア。グルジアで見つかったドマニシ原人です。
1990年、ドマニシで相次いで人骨が発見されました。それは180万年前のものでした。
人類がまだアフリカにしかいないと信じられていたものでした。
脳の容積は700ミリリットル。身長が150センチと小柄なドマニシ原人。
その発見は人類が初めてアフリカを出た時代を、およそ60万年もさかのぼらせる奇跡のものでした。
フローレス島からはるか離れた西アジア。グルジアで見つかったドマニシ原人です。
1990年、ドマニシで相次いで人骨が発見されました。それは180万年前のものでした。
人類がまだアフリカにしかいないと信じられていたものでした。
脳の容積は700ミリリットル。身長が150センチと小柄なドマニシ原人。
その発見は人類が初めてアフリカを出た時代を、およそ60万年もさかのぼらせる奇跡のものでした。
アフリカから世界に旅立ったのは、頭や体が大きく進化した人類よりも小さな人たちであったことを、
教えてくれるのです。
教えてくれるのです。
「原人としては、頭も非常に小さかったんです。
脳の容積も600ミリリットルから750ミリリットルくらいで、
身長も小柄でせいぜい150センチくらいです。」
脳の容積も600ミリリットルから750ミリリットルくらいで、
身長も小柄でせいぜい150センチくらいです。」
そういう人たちがジャワ原人に向かって進化していく途中で枝分かれして、
北からフローレス島へ流れついたのではないかというのです。
北からフローレス島へ流れついたのではないかというのです。
「例えば手や足の研究をしている人たちは、もっと昔の猿人やチンパンジーに近い骨をしていて、
確かに指の骨は長いんです。足の指の骨も長いんです。
そういうことから考えると原人よりももっと前の猿人などが原人になるとき、
ジャワ原人と別れてフローレス島へやってきたのではないかという考え方もできるんです。
まだなかなか結論は出ないと思います。」
「普通に考えるとアフリカを出てくるときに、1回原人のところへ出てきて、
それも何回も分かれて…。」
「一端アフリカから出てきて、進化してまたアフリカへ戻るということも考えられると思うんです。
いろいろな考え方ができます。ですから私たちが猿人から原人、
そして新人という一直線の進化を人類学者は考えがちです。
そうではなくていろいろな具合に猿人から原人になるとき、つもりホモ属になるとき、
いろいろな人類が現れてきてきて、いろんな変化の中から現れてきて、我々は生きている。
そのもう一つの道としてホモフロレシエンシスになる道があったのだという、
その可能性があるのではないかということです。」
確かに指の骨は長いんです。足の指の骨も長いんです。
そういうことから考えると原人よりももっと前の猿人などが原人になるとき、
ジャワ原人と別れてフローレス島へやってきたのではないかという考え方もできるんです。
まだなかなか結論は出ないと思います。」
「普通に考えるとアフリカを出てくるときに、1回原人のところへ出てきて、
それも何回も分かれて…。」
「一端アフリカから出てきて、進化してまたアフリカへ戻るということも考えられると思うんです。
いろいろな考え方ができます。ですから私たちが猿人から原人、
そして新人という一直線の進化を人類学者は考えがちです。
そうではなくていろいろな具合に猿人から原人になるとき、つもりホモ属になるとき、
いろいろな人類が現れてきてきて、いろんな変化の中から現れてきて、我々は生きている。
そのもう一つの道としてホモフロレシエンシスになる道があったのだという、
その可能性があるのではないかということです。」
