最近頭の中ぐちゃぐちゃしてたものを、なんとなく息の詰まるような感覚があって、自分のために20分で書き出した。恥でダサいと思うけどなんでもいい。
最近Twitterで見た興味深かったのは、就活で、基本的には学歴順にいい企業に就職していく現実がある。それに対する就職支援をしている人の考察で、学歴フィルターや、学歴は結局学力を表しててその能力のさもあるかもしれないけど、希望の持ち方に差があるらしい。就活において東大でも落ちる時は落ちるけど、東大生は東大に合格してるくらいだし、成功体験があって、どこかの企業には就職できるだろうって希望を強く持ってるから、諦めずすぐに他の企業にチャレンジして、どこかのいい企業の内定をもらってる。逆に弱い大学だと、落ちたらすぐに結局自分はダメなんだと諦めてしまうから、内定まで辿り着かないって。本当のところはどうなのか知らんけどね。希望にも格差があるのかもしれないって思うと色々残酷だなって
僕はまだちゃんとやればちゃんとやった分だけ上手くやれたから、ちゃんとやればいいじゃんって思うけど、そうじゃない人もいるんだろか。でも今ちゃんとやらない人を見てる限りそうは見えないんだよね。こっちは、1日に10時間とか作業したり、白髪が増えるくらいのストレスに耐えたりした後に今があるのに、それもしないで、できませんってなると、そりゃできんよって話だと思うんだよな。
返信しないって逃げ方をする人がめちゃくちゃ嫌いで、返信しないって無視してるのと同じだし、他人に対してそんな杜撰な扱いをする人と関わりたいと思えないし、少なくとも自分は今後も親しくしていたいと思う人に対しては決してそんな対応をしないと思う。
自分がどのくらい人間が好きで嫌いかもなんとなくわかってきた気がして、誰もが敵だと思っているわけではないけど、誰も味方だとも思えてなくて、申し訳なさと寂しさを感じる。世の中には叫んでいい孤独とそうではないものがあると思う。どうにかしたいと思うけど、自分の心に染みついたしみみたいな感覚の問題な気がして、どうすればいいのかよくわからない。お手玉をたくさん袋に集めようとするけど、その袋に穴が開いていて、何も集まることがないようなそんな感じがある。
誰も僕の味方になってくれはなさそうなのに、僕が誰かの味方をすることに何か意味があるのだろうかと考えてしまうことも増えた。僕は今ここで何をしているのだろうと思ってしまうことがある。
ぎゅーってしてよしよししてもらえるような血の温もりに憧れがあって、誰がに愛されたいけど、その誰かがいるわけではない。でも、自分が本当に1番自分が欲しかったものはきっとそれで、そんな人に出会えるか、たったそれだけに、自分が幸福か否かが大きくかかってる気がする。最近Twitterで、「恋人がいる」と「愛されている」の間に大きい壁があるってかいてあってほぇぇってなった。
普通の人の感覚ってのがやっぱすごい気になって、寂しくて意味もなく泣いてしまいそうに感じたことがある人は、人類の0.1%しかいないのか、10%くらいはいるのか、みんな秘密にしてるだけで70%とかもいるのか、そんな世界の秘密みたいなものが知りたいんだよな。
多くの人ってさ、この世界の何に1番価値を生きてるんだろうね。いろんな人が何のために生きてるのかってめちゃくちゃ気になる。